古本屋の殴り書き

書評と雑文

ストーカー対策チーム/『去就 隠蔽捜査6』今野敏

『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏

 ・ストーカー対策チーム

『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版今野敏
・『探花 隠蔽捜査9今野敏

 警察がすべてのトラブルに介入できるシステムは、極めて危険だ。それは、警察国家のシステムであり、警察力によって国家が国民を支配できるシステムなのだ。
 だから、民主警察は民事には介入しない。民主主義では、自分たちの問題は自分たちで解決する、というのが原則だからだ。
 マスコミは、そういう原則論を無視し、あるいは、故意にふれないようにして、警察の責任だけを追求しようとする。
 そして、警察の上層部は、それを気にして、マスコミ受けのいい対応策を、次々に打ちだそうとする。
 割を食うのは現場の係員たちだ。彼らにしてみれば、やってられないという気分だろう。
 それでも、多くの警察官たちは、必死にさまざまなトラブルに退所しようとしている。
 個人ががんばっているのに、全体として対応がうまくいっていないとしたら、それはシステムの問題で、責任はすべてそのシステムを作る上層部にあるのだ。

【『去就 隠蔽捜査6』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2016年新潮文庫、2018年)以下同】

 大森署でもストーカー対策チームを立ち上げることになった。シリーズを振り返ってみよう。

 1 足立区女子高生コンクリート詰め殺人事件のオマージュ。
 2 竜崎は警察庁長官官房総務課長から大森署署長に左遷。立てこもり事件。SITとSATの領分を巡って揉める。
 3 アメリカ合衆国大統領の来日とテロ計画。竜崎に恋心が芽生える。
 3.5 短篇集。
 4 大森署管内でひき逃げ、放火、殺人事件が発生。薬物犯罪を巡る国際的なネットワークが見えてくる。
 5 国会議員が失踪。運転手は殺されていた。神奈川県との合同捜査。

 3が私の好みではないが、どれも面白い。昨年の暮れから読み直したが、1日2冊ペースで読めた。

 警察官僚小説であるから警察機構に寄り添った論調となるのは致し方ないだろう。ただし警察による犯罪的な捜査の手法はたびたび問題視されてきた。更に「高知白バイ衝突死事故」を知れば、警察がどれほどの嘘つきであるかがわかる(『あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇』山下洋平)。

「彼らと同じ目線になって話をすることが大切なんです」
「しかし、それは警察官の役割ではないと、私は思う」
「いえ、それこそが少年係のしごとだと、私は考えております」
「直接少年たちの声を聞くことが重要だと、君は考えているんだな?」
「はい」
「一人一人の声に、真剣に耳を傾ける必要があると……」
「はい」
「だが、警察官には異動がある。君は他の部署に転属になることは考えていないのか?」
「それは……」
「君がやっていることは立派だと思う。だが、それはシステムとして生かされなければ、一過性のものになってしまう」
「それは理解しているつもりです」
「君が言った役に立たない合理的な仕組みというのは、本当に合理的なものではない。誰かの都合に合わせたに過ぎないんだ。いい例が企業の合理化という言葉だ。あれは、経営者の都合に合わせるという意味だ」
「本当に合理的なもの、ですか……」
「そうだ。誰かの都合に合わせるのではなく、いかに本来の目的を効率よく達成できるかを考えるのが本当の合理化だ。君の言うとおり、警察上層部が考える合理化も、企業の合理化と似たりよったりだ。だが、すべてが悪いわけではない(中略)」
「君が経験から得たノウハウは、署全体、あるいは、警察組織全体で共有されなければならない。でないと、君は警察官としての職務を果たしたことにならないんだ」
 根岸紅美は、少しばかり驚いた顔になり、黙り込んでしまった。
 竜崎は言った。
「勘違いしないでくれ。君を責めているわけではない。君の熱意は評価している。だが、笹岡課長は、君が忙しすぎることが問題だと言っている」

 組織は器である。それを動かすのは飽くまでも人だ。ところが往々にして「今まで」を理由に組織文化が継承される。特に官僚機構の場合は前例踏襲で、一歩でもはみ出す行為は許されない。

 どの国でも法以外の文化や風習がある。謂わば目に見えない「掟」である。特に我が国の場合は議論を嫌う風潮があり以心伝心を重んじる。漢字というあまりにも優れた表意文字があるため、世界で最も表情が乏しい民族となっている。

「沈黙は金、雄弁は銀」との俚諺(りげん)があるが時と場合による。沈黙を重んじて、そこかしこに非合理の歪(ひずみ)だらけになっているのが日本型組織の現状だろう。

 目的があるからこそ人々が組織されるわけだが、組織の維持・拡張が目的化してしまう理由もそこにある。「組織のために」人がいるわけではないのだ。飽くまでも「人のための」組織であらねばならない。

 合理化という点では、あらゆる組織がスポーツチームのような考え方を導入すべきだろう。つまり「勝つためのチーム作り」である。

 ストーカーについては清水潔著『桶川ストーカー殺人事件 遺言』を推す。清水はSNSで左翼色全開だが、ストーカー規制法の端緒を開いたことは十分評価に値する。