古本屋の殴り書き

書評と雑文

夢と現実/『棲月(せいげつ) 隠蔽捜査7』今野敏

『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏

 ・夢と現実

・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版今野敏
・『探花 隠蔽捜査9今野敏

 竜崎は言った。
「将来というのは、状況を見て決めるようなものじゃないだろう。何をやりたいかという確固とした意思が大切なんだ」
 邦彦が言った。
「ああ、それは一部の恵まれた人にだけ許されることだよね」
 竜崎はこの言葉に、心底驚いた。
「何かをやりたいと思うことが、一部の人だけに許されることだというのか? それはどんな専制国家の話だ。将来のことを考える自由は保障されているはずだ」
「そうじゃなくて、現実問題の話だよ」
「まったくおかしな話だな。現実というのは何だ? 何かを望んで、それを実現させた結果が現実だ」
 冴子は邦彦に言った。
「お父さんはね、こういうことを本気で考えているの。ずれてるでしょう」
 竜崎は冴子に言った。
「もし俺の言っていることがずれているとしたら、ずれているのは世の中のほうだ」
 冴子はさらに邦彦に言う。
「これ、本気で言ってるんだから、驚くわよね」
 邦彦が言う。
「いや、父さんの話を聞いていると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ」
「何も不思議なことはない」
 竜崎は言った。「父さんは本当のことを言っているだけだ」
「原理原則だね」
「そうだ」
 冴子が言う。
「邦彦が言いたいのは、誰もが夢を叶えられるわけじゃないということよ」
 竜崎はぽかんとした顔になった。
「当たり前じゃないか。夢なんて簡単に叶うものじゃない。だが、望まない限り叶わないのも事実だ。いろいろな人の夢の総和が未来なんじゃないか」
 冴子がこたえる。
「それはそうなんだけど……。今の若い人は未来に夢を持てない。そういう世の中なのよ」
「それが不思議でならない。未来に夢を持てないというのは、他人をあてにしているからだろう。漠然と、誰かが面倒をみてくれるかもしれないと思っているんだ。自分で自分の人生に責任を負おうとすれば、不満を世の中のせいにしたり、やりたいことがない、なんて言っている暇はないはずだ」
「だから、世の中はそう思える人ばかりじゃないという話よ」
「それがわからない。単純な話だと思う。小さい頃になりたかったものになろうとすればいいだけのことだ」

【『棲月(せいげつ) 隠蔽捜査7』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2018年新潮文庫、2020年)】

 自分の人生を生きている人には自分の言葉がある。流されている者の言葉は空疎だ。

 犯罪の原因を追求し、最終的に「犯罪を生んだ社会のせい」にする見方が1970年代から80年代にかけて出回った。今振り返ると左翼の破壊工作であったことが一目瞭然だが、当時は「確かに」と思う人々が多かった。もちろん私もその一人だ。

「社会が悪い」論は現在も旺盛で、フェミニズムLGBT、はたまた外国人に至る少数者の権利を声高に過剰な要求を代弁する連中が存在する。

 ただ、個人的には就職氷河期は看過できない問題だった。特に圧迫面接なるものが日本の企業を転落させた原因であると考える。人を大事にしない会社が栄えるはずもない。

 そして私が密かに期待するのもこの世代である。現在の30代後半から40代の人々だ。更に被災した兵庫や東北地域から全く新しい人材が登場するはずだ。

 中年にもなると夢とは無縁な生活となるが、「やりたいこと」と考えれば何か思い当たるものがあるだろう。大人は直ぐ「食えるかどうか」という物差しで考え、動こうとしない。これこそ社会に迎合する姿そのものであろう。「やりたい」と思うことが自分の適性である。それをどんな形でもいいからやってみることが正しい。対価は後からついてくるものだ。

 というわけで、私も長年温めてきたアイディアを今年から実行するつもりだ。ま、大したことじゃないんだけどね(笑)。