・天皇の絶対的権威
・親子が一緒に暮らすこともままならなかった明治時代
・不遇は精神を蝕む
・気違い-マニア-虫-オタク
・人間的な手応え
渡瀬はそう言って、笑いながらまだケースに眼をうばわれている壮汰の肩に手をおいた。
「もう少し早ければ、エゾアオタマムシの発見者は君だったろうね」
「なるほどなあ。こんなにはっきり違ってるもンなあ……」
壮汰はなおもケースの虫を見くらべたまま、嘆声をあげた。虫の説明となると、ひと言も聴き洩らさなかったが、いま、渡瀬の言ったことは、壮汰にはなんの興味もなかった。発見者になるというのが、どういう意味をもっているかもわからなかった。彼の関心は虫そのものにしかなかった。【『石狩平野』船山馨〈ふなやま・かおる〉(北海タイムス、1967年連載/河出書房新社、1967、1968年/新装版、1989年/新潮文庫、1971年)以下同】
半世紀前は「〇〇気違い」は決して悪い意味を持っていなかった。辛うじて残っているのは『釣りキチ三平』くらいか。釣りキチは釣り気違いの略称だ。マニア(偏執狂)の日本語訳としてはうってつけだろう。虫も昨今は使われなくなった。「本の虫」「勉強の虫」「仕事の虫」など。尚、虫はあまりよい意味ではないとのこと(教えて!goo)。
現在は「オタク」一択となった感がある。味わい深い日本語が消えてゆく寂しさよ。
「彼の関心は虫そのものにしかなかった」――この一言が光彩を放っている。ところが昭和40年代の発想では、野心と無縁な壮汰はいわば「虫気違い」として小説中で扱われてしまうのである。かような点から考えても、本作から翻案作品が出てくることを期待したい。
いままでの壮汰の経験では、彼の止み難い生きものへの関心は、ばかげたことであり、気違い沙汰であった。周囲からもそう思われてきたし、彼自身、自分がなにか意味のあることをしているなどとは思っていなかった。彼はいつまで経っても大人になりきれない、ヘンな人間であり、どこか「釘の抜けた」人間として、周囲から扱われているのを知っていたし、心の何処かでそれを肯定もしていた。
だが、渡瀬正二郎に会ったいま、彼は眼から薄皮が剥げ落ちた思いであった。
生きものに興味をもち、それに没頭することは、すこしもヘンなことではない。もし一匹の虫に一生を賭けたとしても、それはそれで充実した人生なのだ。虫けら一匹でひとつの学問が成立するほど、自然の深さと広さははかり知れない。自分が情熱をもてる分野で、それらの神秘の一端を解明してゆくことは、やり甲斐のある誇りをもっていい仕事であった。
それでもここまでの描写ができる船山馨はさすがである。
壮汰は晩年に至るまで虫に取り憑(つ)かれた人生を送る。家族は呆れ果てながらもそれを許した。ただし、幸福には描かれていない。薬物中毒患者のように転落してゆくのだ。
船山が描いたのは、逆らい難い運命と生命に刻印された業(ごう)か。もしも神が与えた試練であるとすれば、神は性格が悪すぎる。

