・『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
・『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』吉田たかよし
・生命体に指揮者はいない
・視覚情報は“解釈”される
・2枚の騙し絵
・非運動性活動熱産生(NEAT)を増やす
・ホルモンの多様な機能
・免疫系の役割
・アルツハイマー病の原因は不明
・睡眠中の覚醒と覚醒中の睡眠
あらゆるホルモンが行なっている一連の調節作業は、驚くほど多様だ。たとえば、オキシトシンは愛着や情愛の気持ちを起こさせる役割がよく知られている――「抱擁ホルモン」と呼ばれることもある――が、顔認識や、出産時の子宮収縮の指示、まわりにいる人々の気分の判断、授乳期間中の母親の母乳を産生するタイミングにも重要な役割を果たしている。なぜオキシトシンがこういう組み合わせを担当するようになったのかは誰にもわからない。絆と愛情における役割は明らかに最も興味深い特性だが、最も理解されていない部分でもある。オキシトシンを投与された雌のラットは、自分の子ではない子どもたちのために巣をつくり、何かと世話を焼く。ところが、臨床でヒトにオキシトシンを投与した試験では、ほとんどまったく効果が見られなかった。一部の例では逆に、被験者が以前より攻撃的で非協力的になった。要するに、ホルモンは複雑な分子なのだ。オキシトシンを始め、いくつかのホルモンは、ホルモンであると同時に神経伝達物質――神経系にシグナルを伝達する物質――でもある。つまり、こなしちえるたくさんの仕事に、単純なものはほとんどないということだ。
【『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』ビル・ブライソン:桐谷知未〈きりや・ともみ〉訳(新潮社、2021年/新潮文庫、2024年)】
「山椒は小粒でもピリリと辛い」と言うが、ホルモンの微量と多機能を知れば、山椒(さんしょう)もひれ伏すに違いない。
人体の総量を検索してみたのだが、これという情報が見つからず。ChatGPT先生は「10~20g」と答えた。50mプールにスプーン1杯程度の量で効果があるようだ(東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科)。一生のうちで分泌される女性ホルモンの量はティースプーン1杯ほど(コッコアポ|クラシエ)。
微量で思いつくのはビタミンなどを始めとする微量栄養素である。「小事が大事」とはこのことか。
社会にもホルモンやビタミンのような存在がいるような気がする。決して目立たないのだが、害を防ぎ、全体の幸福に寄与するような人物が。ホルモンやビタミンが長らく発見されてこなかった事実を思えば、歴史の中に埋没している小さな英雄は想像以上に多いことだろう。そんな人々の精神が文化や伝統の土台となっているのではあるまいか。
微量栄養素を見誤った人物に森鴎外がいる。軍医として間違った判断を下し、日清・日露戦争で数万人の死者を出す原因を作った。死因は脚気(かっけ)である。不自由な足のせいで戦死した兵士も多かったに違いない。理研の鈴木梅太郎が1910年(明治43年)に「糠と麦と玄米にはその症状を予防して快復させる成分があること、白米はいろいろな成分が欠乏していること」(Wikipedia)を指摘していたのだから、森鴎外の不明は糾弾されて然るべきだろう。鈴木が発見したオリザニンはビタミンB1だった。