古本屋の殴り書き

書評と雑文

左翼絶賛~人気脚本家による労働組合ノススメ/『未明の砦』太田愛

『犯罪者』太田愛
『幻夏』太田愛
・『天上の葦太田愛

 ・左翼絶賛~人気脚本家による労働組合ノススメ

『愛国左派宣言』森口朗
『知ってはいけない 金持ち悪の法則』大村大次郎
『ジェノサイド』高野和明

 ラインに入れば秒単位でまったく同じ動作を何時間も延々と繰り返すのだ。しかも想定されているのはほとんど限界まで無駄をそぎ落とした動作の反復だ。作業の過酷さに音をあげて遁走(とんそう)する工員も少なくない。
 初めのうちは矢上も体中の筋肉がギシギシと痛み、食堂で飯を食うあいだも、まるでラインにいるかのように皿や丼が一定速度で流れているように見えたものだ。

【『未明の砦』太田愛〈おおた・あい〉(角川書店、2023年)以下同】

 面白かった。しかも、きちんと政治が描けている。人間社会の構図は政治に極まる。いかなる作品であっても一流と二流を分けるのは「政治が描けているかどうか」の一点にかかっている。ただし、登場人物のネーミングが悪い。

 工場のラインといえば私なんぞはトヨタが頭に浮かんでしまうが、現在でもこんな労働環境がまかり通っているのだろうか? まるで、『あゝ野麦峠』(山本茂実著、朝日新聞社、1968年)である。序盤はブラック企業の記述が多い。

「募集要項では週休2日制で、年末年始、ゴールデンウイーク、夏季の長期休暇もありってなってたんですけどね。最初から土曜日は通常出勤で、2ヶ月くらいして直属の上司に『そろそろ仕事にも慣れただろうから日曜日も出ろ』って言われました」
「マジか……」

 フウム……。

「で、ある時に気づいたんですけど、副店長になってる正社員って、僕みたいに一度仕事辞めた人間がほとんどだったんですよ。だからみんな頑張るわけです。それで摂食障害になったり、鬱になったりして辞めていくんです。僕の場合、味覚の喪失と睡眠障害でしたけど。でも次にカフェチェーンの正社員になった時には、1ヶ月研修直後から〈店舗責任者〉を任されて、店には自分以外の正社員はゼロという」
「わかった」と、秋山が眉間に皺を刻んで手を上げた。「その先は俺の豊かな想像力で補えると思うんで、終わりだけ教えて」
「店で倒れて〈初めての救急車〉に」
「〈初めてのおつかい〉みたいに言うなよ」と、脇が額に手を当てて天を仰いだ。

 寮住まいで帰る場所のない派遣社員が、長老格の社員から声を掛けられて夏休みに千葉県の指定された場所を訪ねる。着いてみると職場の同僚が数人いた。4人は夏休みを多数の書籍が収められた蔵(くら)で過ごし、労働者の権利意識に目覚めてゆく。

「私たちは事の善し悪しよりも、波風を立てずに和を守ることが大切だとしつけられてきた。今ある状況をまず受け入れる。それが不当な状況であっても、とにかく我慢して辛抱して頑張ることが大事だと教えられてきました。同時に、抵抗しても何ひとつ変わりはしないと叩き込まれてきた。
 しかし、おかしいことに対してそれはおかしいと声をあげるのは、間違ったkとでも恥ずかしいことでもない。声をあげることで私たちを不当に扱う側を押し返すこともできる。少なくとも、もうこうは言わせない。『誰も何も言わないのだから、今のままで何の問題もないんだ』とは。声をあげる人が増えれば、こうも言えなくなる。『みんなが黙って我慢しているのだからあなたも我慢しろ』とは」

 正論だ。左翼の言い分はいつだって正しい。だが、方法論と目的が誤っているのだ。

 2008年に『蟹工船』ブームが起こった。

おはようニュース問答/若者の間で『蟹工船』大ブーム、なぜ

 小林多喜二の末期(まつご)を思えば共感せざるを得ない側面は確かにある。

清張ギャラリー(特別_001)昭和史発掘 第十四話 小林多喜二の死
PDF:治安維持法 弾圧の実態 小林多喜二 B

 仕掛け人は佐藤優〈さとう・まさる〉だった。翌2009年に誕生した民主党政権を陰に陽に支え続けた人物だ。私はすっかり騙されたうちの一人だ。無知なる者は知の詐欺師に抵抗する術(すべ)を持たない。佐藤のスケールを小さくしたのが池上彰〈いけがみ・あきら〉だ。池上の場合は肝心な情報を伏せることで視聴者を誘導する。

 もともと共産主義は児童労働などの劣悪な労働環境に抗議するところからスタートしている。そこに惻隠の情はあろう。しかし彼らの目的は体制の転覆であり、王政の破壊であった。内部化した戦争によって国内秩序を混乱に陥れ、殺戮と粛清を通して純粋な社会主義国を建国した。ユートピアが誕生すると思いきや、新たな労働貴族が王政に取って代わっただけだった。自由競争を禁じられたため経済は澱(よど)み、あらゆる物資が常に不足し、物を買うためには長い行列に並ぶ必要があった。競争力を廃した計画経済は頓挫した。1989~91年にかけてソビエト社会主義共和国連邦は亡んだ。

 コミンテルン第三インターナショナル)も亡んだと思われたが、共産主義運動は自律性を発揮し初めた。ソ連革命直後から世界中でソ連のスパイが暗躍していたが(『大東亜戦争とスターリンの謀略 戦争と共産主義三田村武夫/『日本の敵 グローバリズムの正体渡部昇一馬渕睦夫/『国難の正体 世界最終戦争へのカウントダウン馬渕睦夫)、ソ連崩壊後は環境問題(『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男)や人権問題、ジェンダー論に舵を切った。

 それがアメリカではポリティカルコレクトネス(『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン)に至り、国内の分断を内戦の域にまで高めているのである。

 佐藤優が本書を評価しているに違いないと睨(にら)んだのだが書評は見つからなかった。でも、左翼が絶賛している(笑)。まるで餌に掛かった魚のようだ。

#akahata 『天上の葦』で問う情報統制/口をつぐみ始めたら危ない 作家・脚本家:太田愛さん・・・今日の赤旗記事 - (新版)お魚と山と琵琶湖オオナマズの日々

しんぶん赤旗」に掲載されたから共産党員というわけではない。聖教新聞に登場するのが創価学会員に限らないのと一緒だ。とはいうものの今頃になって労働運動をドラマ化する料簡(りょうけん)が知れない。

 実は森口朗〈もりぐち・あきら〉や大村大次郎〈おおむら・おおじろう〉も労働者の連帯を説いている。左翼でない彼らが主張するのは穏当な抵抗運動だ。失われた30年を思えば、企業の内部留保は目にあまり、労働力をコストと考えるに至っては、かつて高度経済成長を支えてきた「カイシャ」の姿はない。エズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(TBSブリタニカ、1979年)と称えた姿は完全に消滅した。

 悪どい企業に関してはSNSで徹底的に糾弾することが望ましい。あらゆる規制や古い習慣の見える化は可能だろう。

 左翼による秀逸なミステリー作品としては高野和明著『ジェノサイド』がある。