・『借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ』小池浩
・過去-現在-未来の不連続性
・『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん
今、この瞬間は、過去や未来とは何の関係もありません。今、この瞬間は、過去や未来、どの瞬間とも独立して存在しています。
ループをしながら、今、この瞬間に意識を向けていると、今、この瞬間が生命を帯びているように感じられます。今、この瞬間が、脈動するのを感じるのです。【『病気を癒し、人生を好転させる 奇跡の魔法ループ』丸山修寛〈まるやま・のぶひろ〉(きれい・ねっと、2023年)以下同】
「クローノン」(chronon)という時間の量子が想定されている。「カルディローラのモデルでは、電子のクローノンは約6.27×10−24秒である。これはプランク時間(約5.39×10−44秒)よりもかなり長い」(Wikipedia)。20桁も違って大丈夫なのだろうか? ま、日常的な単位スケールからは懸け離れているので生活上困ることはない。
時間や空間の不連続性を私はプランク定数で理解した。宇宙は切り取り線やドットで構成されているわけだよ。アナログ世界も量子的な視点に立てばデジタルと遜色がないのかもしれない。
大乗本生心地観経に「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」とある。丸山修寛の指摘は因果という連続性を否定するものだ。心地観経の文(もん)は常識的に考えれば正しい。誰もが納得できる。しかし、そこに罠があるのだ。現在を「過去の結果」であり「未来の原因」と規定することで、実は現在が“通過点”になってしまっているのだ。現在は未来のための手段ではない。
今、この瞬間とは、時間を意味するのではなく、この瞬間そのものに気づいている意識、形のない自分自身(本当の自分)だということが分かってきます。
気づきという視点に立てば過去も未来も存在しない。ただ、現在がある。
そもそも瞬間と瞬間は連続しているものではありません。ところが、高速で点滅している蛍光灯が点灯し続けているように見えるのと同じように、瞬間と瞬間は連続しているように見えます。
本当は連続していないにも関わらず、瞬間と瞬間の切り替わりが速いため連続しているように見えてしまいます。瞬間は連続しているという思い込みは、過去と未来と現在を生み出します。ところが、ループをしていくと、今、この瞬間と次の瞬間は連続していないということに気づきます。今、この瞬間と瞬間の間に、何かを入れるスペースがあるということに気づきます。
仏教における「過去の罪の精算」という考え方は古い時代の物語と考えてよさそうだ。
ところが、心が過去と現在と未来はつながっていると思うと、ある瞬間に何か病気があれば、その続きとして次の瞬間にもその病気があるものだと思いこんでしまいます。すると、人は無意識で次の瞬間も病気があると決めてしまい、病気はどの瞬間にも存在するようになります。
そして連続性という錯覚がもたらす致命的なものが「自我」の存在感だ。諸法無我であるならば時間の連続性は否定される。昨日の私と今日の私は全く違う現象でなくてはならない。
