古本屋の殴り書き

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「緊張」が諸悪の根源/『誰にでもできる「気」のコツのコツ』安田隆

・『波動干渉と波動共鳴安田隆
・『怖いくらい願望がかなう3分セラピー』(『たった12日間! 誰でもカンタンにできる「気」の本』)安田隆

 ・「緊張」が諸悪の根源
 ・脱水症・熱中症の予防対策
 ・魔法の水=経口補水液のレシピ

『問題がどんどん消えていく 奇跡の技法アルケミア 誰にでもできて、すぐに効く』安田隆、THE ARK COMPANY研究生
『存在のヒーリング フリークエンシー  黙って座れば必ず変わる』安田隆

 諸悪の根源は「緊張」である(ただし“不必要な”という意味においてであるが)。病んだ体、悩める心、見失った自己、バクゼンとした不安、ゆううつ、厭世観(えんせいかん)。それが何であれ、あなたを苦しめる問題は、あなたの体を舞台にする。たとえばあなたが世界と隔絶(かくぜつ)し、世界はあなたの都合など関係なく何事もなく進んでいたとしても、それを認識し苦しむのはほかならぬあなた自身であり、問題はやはりあなたの中で展開する。
 難病で苦しんでいても、病気があなたの外で展開することはなく、あなたの中で展開していく。それがいかに不気味で原因不明だったとしても、その病気はあなたより小さい。病気も苦悩も絶望も、問題という問題はつねにあなたより小さい。あなたが今こうして生きている以上、あなたより大きい問題など、この世にないことを知っていただきたい。
 そして、私が「わずらい」とよぶこれらの諸問題は、それがどんな種類のものであっても、かならず「緊張」というかたちで体に現象化していることも、ついでに覚えておいてほしい。病気の体にも多くの緊張があり、たとえば病んだ臓器などは、かたくなったり、冷えるというかたちでの緊張が見られる。精神が病んだ時にも体は縮こまり、かたくなな心をあらわすかのようにかたく、ぎこちなくなる。「心にしこりが残った」ときには、胸がちゃんと緊張し、筋肉の収縮が見られ、実際に「しこる」のである。
 これを見てもわかるように、心と体はひとつであり、心の問題を体にはたらきかけて解決することも可能であり、体の問題を心で治すことも可能なわけである。そして、いずれにしてもターゲットは「緊張」であり、それを「解放」するものだけが私たちを幸せにする。もちろんリラクセーションもいいだろう。しかし、激痛の中にある人や、人生を生き急いでいてじっとしていられない人には不向きである。
 プラス思考やプラスイメージも、それが信念や性分に合っていれば、きっと解放されるだろう。心や体が冷えきっている人は、漢方や温泉などが救ってくれるかもしれない。体中がしこっている人は、鍼(はり)がいいかもしれないし、電気をかけてもいいだろう。活発な人は、ヨガやストレッチが合うだろう。もちろん背骨を正したり、「気」を入れるのも、それがあなたの部分や全体の緊張をとり、あなたが解放され、あなたが楽になり、少しでも快適に、幸せに近づくのであるならば何でもよい。
 しかし、あなたが幸せになることが重要なのではない。あなたの「心が開かれる」ことが大切なのだ。心が満たされた時でなく、開かれた時にこそ解放はおとずれる。

【『誰にでもできる「気」のコツのコツ』安田隆〈やすだ・たかし〉(講談社、1999年講談社+α文庫、2007年)】

 これが2ページの文章である。続いて技法が1ページ、隣にイラストページという構成で「50の技法」を惜しみなく紹介している。

 全く個人的な印象だが、安田は出版社と編輯(へんしゅう)者に恵まれていないような気がする。元々プロドラマーなので、「こういうリズムを奏でて欲しい」と方向性を示す人物がいれば妙技を披露するタイプなのではないかと邪推している。

 昔のカッパ・ブックス並みの拙劣極まりないタイトルで、テレビ通販番組のような安っぽさが横溢(おういつ)している。プロドラマーに童謡の演奏をさせようとでもしたのだろうか? ややおちゃらけた文章も好みが分かれることだろう。実にもったいない。

 あまりはっきりしたことは書かれていないのだが、アーノルド・ミンデルプロセス指向心理学(POP)とNLP、そして武術の身体操作を元にして安田が創出したヒーリング&リラクゼーション技法のようだ。

 私は予(かね)てから「幼児期に遭遇した最初の否定がその人の生涯の性格を形成する」と考えてきた。万能感に浸(ひた)ってきた赤ん坊が何らかの理由で否定された瞬間に、幼児は自分と世界の分離を悟る。その時、脳の作用(思考は発達していないので情動や感情)が世界に向き合う「姿勢」を決定するのだ。まず大きくは消極的性格と積極的性格に分かれる。

 つまりは突然眼の前に現れた「世界」という現実と妥協する形で性格は形成されるのである。ひょっとすると一部の人間にはここで邪悪の芽が生まれるのかもしれない。

 その後、学業や仕事で努力を積み重ねることで「自信」を培うことは可能だ。しかし性格は変わらない。すなわち性格とは幼児期に圧力を加えられて歪められた造型なのだ。

 安田隆はそれを「緊張」の一言でものの見事に説明している。「嗚呼」(ああ)と声にならない声で呻(うめ)いた私は直ぐにタップした。

 広く世間で言われるところの「いい性格」とは「開かれた性格」なのだろう。明朗さと柔軟性が鍵となる。それを日本人は「優しさ」と捉える傾向があるように感じる。

「開く」とは判断を捨てることだ。感情を捨てて、ただ観察することだ。