古本屋の殴り書き

書評と雑文

アルパインスタイルの申し子マーク・アンドレ・ルクレール/映画『アルピニスト』監督:ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン

 とんと映画館に足を運ばなくなった。まず、食指の動く作品が見当たらない。更に喫煙できないのも大きな理由の一つである。その点、サブスク動画だと一時停止できるので都合がいい。私は愛煙家ではあるが室内では吸わないのだ。

 ところが、である。一度も一時停止することなく見終えた。ドキュメンタリー映像の迫力もさることながら、マーク・アンドレルクレールの純粋な生き方に魅了された。少し自閉傾向のある青年だ。

 彼の映画なんて最高だけど
 正直 彼自身どうでもいいと思ってる
 時間や労力を割いて――
 自分の活躍を世に示す気はない(マークの彼女)

 スポーツ登山をアルピニズムという。「アルプスのような高い技術を必要とする、高く、困難をともなう山の登山」を意味する(Wikipedia)。そして、「ヒマラヤのような超高所や大岩壁を、ヨーロッパ・アルプスと同じような扱いで登ることを指す登山スタイル」をアルパインスタイルと呼ぶ。「大規模で組織立ったチームを編成して行う極地法とは異なり、ベースキャンプを出た後は下界との接触は避けて、一気に登る。また、サポートチームから支援を受けることも無く、あらかじめ設営されたキャンプ、固定ロープ、酸素ボンベ等も使わない。装備に極力頼らず、登る人の力にのみ頼ることを最重要視して行う登山スタイルである」(Wikipedia)。

 マーク・アンドレルクレールアルパインスタイルの申し子であった。険しい難所を次々と攻略した。

 マークを撮るうちに気づいた
 彼はなにか大きな野望を抱いている
 何かは分からなかったが


 ニュースが舞い込んだ
 ロブソン山のエンペラーフェイス単独初登攀を達成したのだ
 クライミング界に衝撃を与えた

 アルピニストの大物たちが次々と証言する。「彼こそは本物だ」と。

 なぜ我々(※撮影班)に内緒で
 この歴史的快挙に挑んだのか
 私は失望を覚えた
 ついにマークと連絡が取れ
 尋ねてみた


(本人が電話で語る)映画を撮ると聞いてうれしかった
 でも単独初挑戦の同行は許してはない


 なぜ?


 誰かがいたら“単独”にならないだろ


 なるほど
 まあ そうとも言えるかな


 人がいると全然違うものになる
 見てるだけでもね
 それは僕が求める冒険とは全く違うものだ
 完全に自分1人でやりたい


 一度達成したら次は撮ってもいい
 素晴らしい経験だったから今度は分かち合いたいよ

 孤高のクライマーは他人の視線すら忌避した。量子力学では観察する行為が素粒子の動きに影響を及ぼすことが明らかになっている。クライミングは山と登山家との一対一の対話なのだ。

 本物の登山家は薄汚れた下界で生きてゆくことができない。彼らは生物を拒む高所に果敢に挑み、美しき世界を堪能する。そこには金勘定や足の引っ張り合いなど存在しない。

 本物の映像が本物の迫力を生む。富とも名誉とも無縁な場所で闘っている男の姿が気高く、そして尊い