古本屋の殴り書き

書評と雑文

セイコーの職人魂が結晶したクレドール・ノード・スプリングドライブ・ソヌリ/『仕事の話 日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」』木村俊介

 ・プロフェッショナルの作法と流儀
 ・セイコーの職人魂が結晶したクレドール・ノード・スプリングドライブ・ソヌリ

『森浩一対談集 古代技術の復権 技術から見た古代人の生活と知恵』森浩一
『手業(てわざ)に学べ 天の巻』塩野米松
・『鍛冶屋の教え 横山祐弘職人ばなし』かくまつとむ
『日本鍛冶紀行 鉄の匠を訪ね歩く』文:かくまつとむ、写真:大𣘺弘

必読書リスト その一

 日本が世界に誇れる時計の一つにセイコーウォッチの「クレドール・ノードスプリングドライブ・ソヌリ」がある。ゼンマイ式ながらゼンマイの動力を電気エネルギーに変換するために(スプリングドライブ方式)クォーツ並みの精度を持つ。機械式時計で実現が困難な、音で自動的に時間を知らせる機構(ソヌリ)を搭載してあり、音は仏具の「お鈴(りん)」を採用している(本物の「お鈴」が時計の中に埋めこまれている)。この世界最先端の時計技術の結晶は、2006年、スイス・バーゼルの時計見本市で激賞された。年間5本の限定生産、価格は1500万円という超高級時計なのだが、予約の電話が続いているという。

【『仕事の話 日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」』木村俊介〈きむら・しゅんすけ〉(文藝春秋、2011年)以下同】

 開発・製造の中心者は時計職人の塩原研治〈しおはら・けんじ〉である。

「ちかごろは田圃(でんぽ)にも機械とよばれるものがはいってきております。ひとつを押すとほかが動くというしかけでして……」(『青雲はるかに宮城谷昌光)。舞台は紀元前200年前後である。

 後の産業革命はまず、紡織機械の改善からスタートした(Wikipedia)。蒸気や電気を使わない機械の最高峰は時計、就中(なかんずく)腕時計と言っていいだろう。

 技能五輪で求められる能力とは、どんな時計でも修理できること、です。スイスやドイツの複雑な機械式時計がゴロンと置いてあって、内部に欠陥が埋めこまれているので、それを見つけて修理して時計を調整するという技能を競うことになりました。
 歯車が欠けている。芯が折れている。それを見つけると、現場で自前の素材と道具で部品を作るために、理論に調査、部品加工や組みたての技術まで、時計についてのオーランドな知識と技能が必要になる。
 技能の精度の高さも、当然求められます。機械式時計では1日に数十秒ぶんの誤差が出てしまいがちなところがあるものですが、技能五輪では「誤差は1日に5秒以内」というほどの精度が求められるのですね。

「自前の素材と道具で部品を作る」というのだから凄い。やはり技術とは【手仕事】なのだ。

(※諏訪の山の上にあるセイコーの研修センターで3年過ごした)訓練を「やらされている」という印象はぜんぜんありませんでした。それは指導員がすばらしかったからだと思います。
 研修センターの先生は、1967年に、スイスの天文台が主催する時計コンクールの「ニューシャテル」において、機械式ど経緯の精度を1日5秒以内どころか0.03秒以内の誤差にまで高めた、当時ではまちがいなく世界最高の水準に達していた時計職人でした。
 そのコンクールは各国の時計会社がそれぞれ何十本かの時計を出品し、合計で200個程度になったという時計に上から順位をつけていくというものだったんです。スイスやドイツを筆頭に、各国の名誉を懸けて資金や技術を投入するコンペティションだったのですけど、1967年にセイコーの時計が上位を独占したら、翌年にはコンクールそのものがなくなりました。
 クォーツ式の時計さえ1日に0.2秒ぐらいの誤差は出てしまうのに、さらに一桁上の精度まで辿りついたというのはものすごいレベルなんです。それほどの技能を開拓した人が研修センターの先生ですから、そもそも教育の発想がすごかったですね。
 後輩が先輩を越えていくのは当然というのが基本的な姿勢で、つまり先生のやり方を押しつけることがないんです。教えることをしない。「この修理は最初にここから」なんて説明はいっさいありません。修理の順番も方法もこちらが自分で考え、必要な道具についてもそれぞれで改良していく。

「翌年にはコンクールそのものがなくなりました」とある。決して笑い事ではない。現在でも日本人アスリートが上位を占めると競技そのもののルールを変更することはよくある。「自分たちがルールを決める」というのが白人の流儀だ。資本主義経済で行われる自由競争も、飽くまでも白人ルールの下でという条件がつく。

 塩原は最初のコンクールで敗退する。そして二度目の挑戦で見事優勝を果たす。

 技術の伝承とは、既存の知識を勉強するところにではなく、今、いちばんむずかしい課題を突破するところにしかないのだ、と。つまり、そのためには、まず自分たちが先輩から受け継いだ技を少しでも高めないといけないわけですね。
 そうやってできあがった「クレドール・ノード・スプリングドライブ・ソヌリ」は、年間5点のみの生産で定価は1500万円でありながら「だからこそ欲しい」と新しい市場を開拓するこになりました。

 その技術の伝承が途絶えつつある。セイコーは資本がしっかりしているので継承できているだけのこと。伝統工芸は後継者が絶え、戦前まで続いた確かな日本の技術は消えつつある。特に鉄や木を扱う手仕事は経済的な対価が見合わないこともあって、子供がいても後を継ぐことはない。

 マイクロアーティスト工房というのは5人か6人の工房なのですが、設計も部品作りも組みたても、その数人で開発から製造まですべてできてしまうというメンバーなんです。メンバーどうしで毎日話しあって改良を重ねるから、時計の品質はどんどんよくなっていきました。

 これが「ワークス」の本領である。流れ作業では駄目だ。技術とは総合性を孕(はら)んだものなのだ。製品とは完成品のことである。

 電気製品の場合だと国際分業化が進み、日本で製造するのは半製品というケースが大半だ。サプライチェーンがグローバルに展開したため、どこかの国の工場がロックダウンなどで停止したり、場合によっては部品が1個欠如しただけでも製造が遅れてしまう。特に「産業のコメ」といわれる半導体が供給不足で、自動車や家電製品の製造に支障を来している。

 電気とコンピュータに頼りすぎると取り返しのつかないことになる。火や風を利用する技術をしっかりと伝えることが大切だと考える。