古本屋の殴り書き

書評と雑文

三度目の正直で一気読み/『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン

 ・三度目の正直で一気読み

・『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン
・『キュレーターの殺人』M・W・クレイヴン
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン
『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン

ミステリ&SF

 彼女のような人間ははじめてだ。社会常識というものをまったく理解していないように思える。脳と口のあいだにフィルターがいっさいなく、考えたことがそのまま口から出てしまうのだ。非言語によるコミュニケーションは理解できない。アイコンタクトをとうるのも、目をそらすのも拒む。彼女に名前を呼ばれて無視するれば、返事をするまでえんえんと呼ばれつづける。


【『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン:東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫、2020年)以下同】

 ストーンサークルの中央で杭にくくりつけられ、燃焼促進剤をかけて焚殺された遺体が見つかる。更に同じ犯行が続いた。遺体の男性器は切り落とされていた。麻酔を使わずに。容疑者はイモレーション・マンと名づけられる。

Immolation
1. 神への供物として殺すこと。
2. 殺すこと。とりわけ焼き殺すことを指す。

 ティリー・ブラッドショーアスペルガー症候群と思われる。天才的な頭脳の持ち主だが社会性を完全に欠いていた。彼女がトリックスターとなって謎解きに華を添える。

 ポーはつかんだ手を強く握った。
 カールが悲鳴をあげた。
 一生残る傷を負わせるリスクはあったが、そんなことは気にしていなかった。カールのような輩を相手に殴り合いなどしてはだめだ。それに、報復しようものなら、この先の人生が変わるほどの、割に合わない仕打ちに遭うとわからせる必要がある。
 ポーは相手の手を下へと引っ張った。カールは銃で撃たれたみたいに両膝をついた。また悲鳴をあげた。ポーはあいているほうの手で身分証を出してひらいた。
「やあ、諸君」彼は言った。「おれはポー部長刑事で、きみらがいやがらせをした女性はおれの友人だ。ふたりとも国家犯罪対策庁に勤務している。さて、きみら3人がいまやばいことになっているのはわかるな?」

 バーでポーを待っていたティリーはパソコン画面に向かっていた。彼女に3人の男がしつこく絡んでいた。やや一匹狼の傾向があるポーは、やるべきことと判断すれば断乎として行う男だった。

「大丈夫か、ティリー?」彼は訊いた。「あんなものを見せてしまってすまない」
「なんでいつも助けてくれるの、ポー? もうこれで2回め」
 ポーは笑った。ブラッドショーは笑わなかった。大まじめだった。
「助けるなんてほどのことじゃない」ポーは答えた。「そもそも、おれは人をいじめるやつにがまんならないんだ」
「そう」ブラッドショーは少し拍子抜けしたような顔になった。
「それに、ティリー、出会いはさんざんだったが、きみはおれの友だちだ。それはわかっているよな?」
 ブラッドショーが答えないので、ポーは一瞬まずいことを言ったかと思った。彼女の顔をひと粒の涙がこぼれ落ちた。
「ティリー――」
「あたし、いままで友だちなんかひとりもいなかった」彼女は言った。
 ポーはかける言葉を思いつかず、けっきょくこう言うにとどめた。「でも、いまはいる」
「ありがとう、ポー」

 平仮名の多すぎる訳文が読みにくいが忘れ得ぬ場面である。

 実は二度挫けているのだが三度目の正直で一気に読み終えた。英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールドダガー受賞作である。警察モノはサラリーマン化を防ぐことが難しいが、上手くまとまっていると思う。謎の多重奏も見事である。

 尚、M・W・クレイヴンの名前を書いてツイートすると、必ず著者本人がお気に入りをつけてくれる(笑)。