古本屋の殴り書き

書評と雑文

あらゆる動物が移動している/『動物たちのナビゲーションの謎を解く なぜ迷わずに道を見つけられるのか』デイビッド・バリー

『石に話すことを教える』アニー・ディラード
『トレイルズ 「道」を歩くことの哲学』ロバート・ムーア

 ・あらゆる動物が移動している

『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか 生き物の「動き」と「形」の40億年』マット・ウィルキンソン

 ちょうど今、カラスが窓の外を飛び去っていくところだ。目的を持って飛んでいるように見えた。カラス自身しか知らない、何らかの任務に向かうかのように。マルハナバチが、庭の花々を軽やかに訪れている。チョウがひらひらと塀を越えていって、盛んに飛び回ったかと思うと、一瞬羽を休め、また飛び立った。小道を歩いてきたネコが、やぶの中にするりと入り込む。その上空を通過していく飛行機は、乗客を一杯に乗せ、ヒースロー空港に向けて降下中だ。
 自分の周りを見てみよう。あらゆるところで、大きい動物も小さい動物も、人間もそうでないものも、さまざまな動物が移動している。食べ物や、交尾の相手を探しているのかもしれない。冬の寒さや夏の暑さを避けるための渡りの途中かもしれない。あるいは、ただ家に帰るところかもしれない。地球全体にわたる旅をするものもいれば、すみかの周りをうろうろするだけのものもいる。しかし、北極と南極を行き来するキョクアジサシだろうと、死んだハエを顎にくわえて巣に駆け戻るサバクアリだろうと、自分の進む道を見つけなければならない。それは、まさに生死に関わる問題だ。

【『動物たちのナビゲーションの謎を解く なぜ迷わずに道を見つけられるのか』デイビッド・バリー:熊谷玲美〈くまがい・れみ〉訳(インターシフト、2022年)以下同】

 冒頭の書き出しで引きずり込まれる。アニー・ディラードを思わせる名文だ。

 私は旭川で生まれた。その後、父の転勤で函館~札幌~苫小牧~帯広、そして再び札幌へと引っ越した。23歳で上京した。この移動の意味は何か? たぶん経済的な理由が大きい。

 自転車やバイクに乗る時、私はどこへ向かっているのだろう? 無論、目的地があったりなかったりするわけだが、結局自宅に戻るのに、なぜわざわざ移動するのか? まったくもって不思議だ。

 古代の人々は食料や伴侶を求めて移動したことだろう。最も大きい環境要因は気温だ。環境史という学問では戦争の原因を寒冷化に求めている。ゲルマン人の大移動がその典型だ。寒くなれば人々は温かい地域へ移動する。その時、食料や資源の奪い合いが起こるのだ。

「発見の時代」(Age of Discovery/大航海時代)は西欧諸国が世界を席巻した。そのため今も尚、西欧とその子孫である米国が世界を牛耳っている。第二次世界大戦後、人類は宇宙にまで進出し始めた。

 今後、我々が向かう方向は宇宙とデジタル空間だろう。デジタルは間もなく五官を刺激するVRを開拓し、無限の映像やゲームが用意される。各人が各様に満足できる設定が可能となり、折り合いを必要とする社会のような面倒がない。

 あるいは一足飛びに安楽死とドラッグの世界が登場することも考えられる。

 私がこの本で最初に取り上げたい疑問は、単純にこうだ。動物は(人間を含めて)どうやって自分の進む道を見つけるのだろう?

 急にでかい話をするが、太陽の位置関係や重力が影響を及ぼしていると思う。で、決め手はやはり気温だろう。その意味では植物とあまり変わらないと考える。大自然の摂理の最たるものは日照時間と気温だ。

 1月末から3月の初旬にかけてはバイクに乗ることがない。そう。寒いからだ。自転車であれば雨の日に走ることはない。私の些細な移動ですら気温と天候に左右されるのだ。

 自殺率が高いことで知られるのは北欧諸国と秋田県である。原因は不明だが一説によると「日照時間の短さが原因」と言われている。特に日本の場合、「お天道様が見ている」という民族的な宗教感情があるため、太陽が隠れていると精神が不安定になりやすいのだろう。

 私は昔から漂泊に対する強い憧れがあるのだが、そうした移動や方向性は取るに足らないことだ。人間の移動はおしなべて「死」に向かっている。あるいは「苦」と言ってもいいかもしれない。そこで目指すべき方向性は当然、内面となる。ここが外を向いているようだと、まだまだ若い。つまり必要な人生経験が足りていないのだ。

 果たして内なる旅をしている人が何人ありや?