古本屋の殴り書き

書評と雑文

生物多様性が低い農地/『ミミズの農業改革』金子信博

『食は土にあり 永田農法の原点』永田照喜治
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー
・『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』藤井一至 
・『ミミズと土チャールズ・ダーウィン

 ・生物多様性が低い農地

『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』ゲイブ・ブラウン

 そもそも、植物の多様性という視点に立つと、まわりの草原や森林に比べて農地では極端に多様性が低い。農家にとっては作物だけが育てばよく、雑草はなるべく生えてほしくないからだ。植物の種類が少なくなると、農薬を使わなくても、それだけで昆虫や微生物の種数が減る。昆虫のような従属栄養生物にとって、独立栄養生物である植物の存在は必須である。さらに、アゲハチョウの幼虫がミカン科の植物の葉だけを食べるように、ある動物が特定の植物を専門に食べる場合がある。特定の植物をとりまく生物はその葉を食べる植食者だけではない。病原菌や寄生菌、共生菌などの微生物もいる。植食者に寄生する無脊椎動物も、その植物が生えていないと生活できない。そのため、生えている植物が1種類増えるとそれに関連する複数の従属栄養生物(微生物、無脊椎動物)が新たに生活できるようになると考えられる。その一部はその植物がいなければ生活できない専門家である。このように考えると、1種類の作物だけが整然と生えている農地は、植物の多様性が低く、その結果、他の生物たちの多様性も低いということになる。雑草を嫌う農家の栽培が、農地の生物多様性を結果的に低くしているのである。
 作物以外の「雑草」を殺す除草剤は、土にも影響を及ぼす。除草剤によって雑草が消え、地面が見えるようになると、光合成で生産される一定面積当たりの有機物が減るので、結果として分解系を構成する生物の餌が減る。また、地面に落ち葉がないために、生息環境が悪化する。地面に直接日光が当たることで、土の表層が乾燥しやすくなり、そのため土壌生物が減少する。雑草であれ、落ち葉であれ、何かが覆っている地面は、裸の地面に比べていつも湿っている。化学肥料は水溶性なので、農地に撒かれた後に雨が降ると水に溶け、土壌水中の浸透圧を大きく変える。水に体を浸して暮らしている細菌やアーキア、そして小型の土壌動物である原生生物やセンチュウといった生物にはとても大きなストレスとなる。農地の生物多様性に関しては、トンボやカエル、鳥類などの減少が議論されてきたが、耕耘、裸地化に加え薬剤や化学肥料が散布されることで、農地は土壌生物にとってもとても棲みづらい環境になっているのである。
 地球全体で土壌の環境が急速に変わっている。2016年に作成したグローバル土壌生物多様性アトラスでは、植物の多様性喪失地図、窒素肥料地図、農地利用面積割合、家畜密度、火災リスク地図、土壌侵食、土地劣化、気候変動の情報を地図上で統合し、土壌保全の多様性の変化状況を可視化した(口絵11)。これを見ると、人口の多い地域とアメリカの大平原やブラジル、アルゼンチン、ウクライナやロシア南部、中国東北部といった大規模農業地帯も危機敵状況にあることがわかる。身の回りの昆虫が減ったと心配している隙に、足元の生物はもっと減っていたというわけだ。

【『ミミズの農業改革』金子信博〈かねこ・のぶひろ〉(みすず書房、2023年)】


【11 土壌生物の多様性に対する潜在的な脅威を表す地図。赤は脅威の大きい地域、黄は一定の脅威がある地域、緑は脅威の小さい地域。土壌生物の多様性を失うことは、生態系サービスの喪失につながる】

 ケイブ・ブラウンの前に読んでおくのがよい。私は物心ついた時からミミズが大好きで飼っていたこともある。雨上がりの道路でミミズを見掛ければ、必ず草地に返してあげる。私が助ける虫はミミズとカブトムシだけだ。死んだミミズを見ると本当に心が痛む。地球上の肥沃な土壌はすべてミミズを通過したものだ。釣りの餌にするなどとんでもないことだ。ミミズに代わって抗議しておく。

 農業は工業化されつつあるのだろう。漁業の養殖もまた同様か。そんな姿勢が遺伝子組み換え作物に向かうのは当然だろう。とにかく単位面積あたりの収穫量を増やすことが正しいとされる。雑草や害虫といった邪魔者は消される運命にある。地球というスケールで見れば人間こそが一番の邪魔者なのだが。

 土への感謝を忘れ、水や生命の循環を見失ったところに人間の過ちがあった。

 地球の歴史を再確認しよう。46億年が1時間にまとめられている。これを「長い」と感じる者は感覚が狂っていると思ってよい。

 実に不思議なことだが、地球年齢は宇宙年齢(138億年)のちょうど1/3だ。ここから次の生命進化があるとすれば、個人から集合意識への変容だろう。

 それを土が教えてくれているのだ。