古本屋の殴り書き

書評と雑文

「脳は変化しない」と考えられてきた/『脳は奇跡を起こす』ノーマン・ドイジ

『壊れた脳 生存する知』山田規畝子
『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重
・『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー
・『脳のなかの幽霊、ふたたび』V・S・ラマチャンドラン
『リズム遊びが脳を育む』大城清美編著、穂盛文子映像監督

 ・「脳は変化しない」と考えられてきた

『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『唯脳論』養老孟司
『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二

必読書リスト その五

 脳は変化しないという説には、三つの大きな根拠があった。(1)脳に損傷を受けた患者が、完全に回復することはめったになかった。(2)生きている脳の活動を観察することができなかった。(3)現代科学の初期に「脳はすばらしい機械のようなものだ」という考え方があった。機械は驚くようなことができても、変化や成長はしないものである。
 わたしは、精神科医および精神分析医として調査をおこなううちに、脳は変化するという考え方に興味をいだいた。以前は、患者の心理が望ましい方向に向かわないとき、患者の問題は、変化しない脳に根深く「固定」されて「つながっている」と考えればよいとされた。「固定してつなぐ」という語からも、脳をコンピュータのハードウェアに喩えているのがよくわかるだろう。そして、脳の回路は、ある特定の機能を果たすように設計されていると考えられていた。
 ヒトの脳は固定されたものではないという説を耳にして、わたしは自分でそれを調査し、検証せずにはいられなかった。そのため、診療室を離れ、遠くまで足を運ぶことになった。

【『脳は奇跡を起こす』ノーマン・ドイジ:竹迫仁子〈たけさこ・ひとこ〉訳(講談社インターナショナル、2008年)】

 具体的に神経可塑性(しんけいかそせい)を明らかにした論文はマイケル・メルゼニッチが嚆矢(こうし)とされる(院長コラム:脳の可塑性とは|横浜なみきリハビリテーション病院)。


 1960年代から70年代にかけて脳の可塑性を示唆する例が出始めた。しかし事実を思い込みが封じた。先入観が大手を振って歩くのは科学の世界も例外ではない。功成り名を遂げた科学者が新たな知見を軽んじることも多い(宇宙の膨張を認めなかったアインシュタインや、チャンドラセカールを嘲笑したアーサー・エディントン、原子の存在を否定したエルンスト・マッハなど)。
「脳は変化しない」と考えられてきたわけだから、治療の対象にすらならなかったことだろう。実に痛ましいことだ。時に科学はメスのように裁断し、無情を告げる。20世紀は戦争の世紀でもあり、科学が宗教に格上げされた世紀でもあった。
 ノーマン・ドイジは本書によって高らかに脳の可塑性を歌い上げた。脳は常に変化し適応するのだ。
 日本では『唯脳論』(養老孟司)を皮切りに脳科学本が百花繚乱の様相を呈し、現在に至るが、最近では脳という局所よりも、身体性を含んだ神経として捉える向きが増えつつある。
 時を同じくして認知行動療法が誕生し、90年代に入るとマインドフルネスが脚光を浴び、日本では古武術や呼吸法が見直されるようになった。最近だとポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)が注目されている。
 こうした動きも脳の可塑性という地殻変動によるものだと私は考えている。一つの死角には意外と多くのものが隠されているのだろう。
 本書は既に絶版となっており、古書価格が安値で6000円というふざけた値付けになっているが、文庫化しない講談社の怠慢を責めるべきだ。図書館で借りて読めばよろしい。