古本屋の殴り書き

書評と雑文

強いα波を発する人は周囲の人を同調させてしまう/『護道の完成 自他を護る実戦武道 路上の戦いから神武不殺の極意へ』廣木道心

【護道】脳波を変える? 武術の向こう側【廣木道心】

 ・強いα波を発する人は周囲の人を同調させてしまう

悟りとは

 また、強度行動障害のある方々のパニック時に抱きかかえながら落ち着かせていると、相手が眠ることが多くなりましたが、その理由はずっとわからないままでした。そんなときに、日本のビジョントレーニングの第一人者である北出勝也先生と、同じくビジョントレーナー兼メンタルトレーナーである横田幹雄先生から脳波測定のお誘いをいただく機会がありました。
 そこで行った実験の中で、お互いに座った状態で崩されないように耐えている相手に私が技をかけて崩した際の両者の脳波を計測した時に、面白いことがわかったのです。
 脳波には、γ(ガンマ)波(意識・通常行動:27Hz以上)、β(ベータ)波(意識・思考活動・消極的感情時にも発生・〈ママ〉15~26Hz)、α(アルファ)波(半意識・リラックス・集中:7~14Hz)、θ(シータ)波(半意識・まどろみ:4~6Hz)、δ(デルタ)波(無意識・睡眠:0.4~3Hz)があることが知られています。
 その中で、身体をスムーズに活用するにはα波の状態が良いといわれています。
 さらにα波にはスローα波(無念・夢想の意識、瞑想時のような深いリラックス状態:7~8Hz)、ミッドα波(リラックスした意識集中状態:9~11Hz)、ファストα波(緊張した意識集中状態でゆとりがない:12~14Hz)の3種類があり、高いパフォーマンス能力を発揮するのであればミッドα波の状態がベストであるといわれていました。

 実際に、私が相手に技をかけている際の脳波もミッドα波でした。
 そこまでは理解できると思うのですが、不思議なことに技をかけられた相手の脳波も直前にミッドα波に変化して、同じ波形を現していたのです。
 脳科学者で工学博士の滋賀一雄先生の研究によると、強いα波(低い周波数)を発する人の傍にいると同調してα波になることがわかっているようですが、そこで疑問を感じました。
 もし相手も同じく高いパフォーマンスを発揮できるα波になっているのであれば、相手は崩れずに堪えることができるはずなのに、実際には簡単に崩れているのはなぜか?と思ったのです。
 すると横田先生から、意外な答えが返ってきました。
「考えられるとしたら、相手は耐えることに能力を使うのではなく、自ら倒れるパフォーマンスに使っているのかもしれないですね」と言われたのです。
 つまり、相手は顕在意識では耐えようと考えているのに潜在意識では倒れることに協力している……。要するに、自ら倒れているかもしれないということです。
 同じく技を体験した合気道経験者でもある北出先生からは「投げ飛ばされた時に、これは透明な力(大東流合気柔術の達人である佐川幸義先生の合気の力を表した表現)だと思いました」という感想をいただきました。実際に佐川先生の技と同一のものかはわかりませんが、少なくとも「スコーン!」と力が通る技は、こうした脳波の現象が関係していることはわかったのです。
 さらに「抱きかかえ」を行っている際の脳波を調べたところ、相手が抵抗し続けていると私の脳波はミッドα波からスローα波へと変化し、相手の周波数も同じように抑えられていき、θ波になっていきました。そして、相手は抵抗しているようですが、こちらは軽く抑えていられる状態になった時に脳波計を見ていた横田先生からは「相手は抵抗しているつもりですが、脳波的には8割寝ている状態ですね」と言われたのです。

【『護道の完成 自他を護る実戦武道 路上の戦いから神武不殺の極意へ』廣木道心〈ひろき・どうしん〉(BABジャパン、2021年)】

 α波が「透明な力」の正体なのか? きっとそうなのだろう。つまり、技を掛ける前から勝負は決しているのだ。怒りや憎悪では、静けさの源泉であるα波に及ばないのだろう。

 教育の基本もここにある。叱責や矯正よりも、相手に対する信頼や愛情が優(まさ)るのだ。特に子供は自分が愛されているか愛されていないかについて敏感である。駆け引きを知らない分だけアンテナが鋭い。小さな悪を子供の眼はしっかりと見据えている。

 書籍としての評価はかなり低い。強さを求めるあまりストリートファイトに明け暮れてきたような印象を受ける。廣木道心の表情や話し振りからそんな過去を察知することは難しい。その穏やかさ平凡さから相当の強さが窺える。威勢がいいのは所詮チンピラなのだ。

 廣木は自分の脳波が低い周波数なのは「息子の影響」と推察している。子息は発達障害なのだが特殊能力の持ち主で、廣木が何らかの怒りを抱えて自宅に戻ると、「お父さん、ニコリ」と必ず言う。どんなに頑張っても隠せないそうだ。また、子息には動物が寄ってくるという。イルカショーが中断してしまったこともあるというのだから凄い。ブッダが悟りを開いた時、動物が集まってきたというエピソードがあるが初めて得心がいった。

 動物は言葉を持たないこともあって脳波を察知する能力があるのだろう。私はコバエやゴキブリを素手で退治するのが得意なのだが、昆虫は明らかにこちらの殺気を感知している。それゆえ、上手く仕留めるためには殺気を消す必要があるのだ。何気なく手を伸ばせば大体成功する。

 廣木は介護・福祉関係の仕事をする中で暴れる人を静かにさせる技を見出す。武術と生活が渾然一体となってゆくことこそが真の技であり術であるのだろう。