古本屋の殴り書き

書評と雑文

標準化されたシステムが選択の機会を奪う/『Dark Horse(ダークホース) 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』トッド・ローズ、オギ・オーガス

『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』マーカス・バッキンガム&カート・コフマン
『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール with ブレイク・マスターズ
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン
『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』佐藤航陽

 ・標準化されたシステムが選択の機会を奪う
 ・小さなモチベーションを持ち続ける

必読書リスト その三

「選択」することで、あなたの個性が行動に表われる。
【情熱を目的に変換するための手段、それが選択だ】。

 社会が個別化するにつれて、われわれの選択肢は爆発的に増えた。
 ほんの30年前には、アメリカのテレビには四つの民間放送しか流れていなかった。現在は、ひとつのケーブルテレビ局だけで600以上のチャンネルを提供している。炭酸飲料といえばコークとペプシの二つだけだったひと昔前と違って、今では、コンビニに行くたびに新しいブランドの飲料水を見つけるほどだ。
 しかし、この現象すら、インターネットから繰り出される選択肢の急激な増加に比べたらかすんでしまう。Amazonだけでも5億品目以上の製品を扱っている。このように、ネット販売の商品急増は、まるで超新星の爆発であり、実店舗に足を運んで買い物をしなければならなかった時代とは比べ物にならない選択肢の幅がある。
 われわれは今、消費者に選択権がある「黄金の時代」に生きている。しかし学校や職場など、人生に関わる重大な「選択」ということになると、事態はほとんど変わっていない。
 それは、【標準化されたシステムがあなたから大きな意味をもつ選択を取り上げ、組織の手に渡してしまった】からだ。結局のところ、これが標準化を推進する大前提のひとつなのだ。つまり、目的はシステムの効率を上げること。その手段は、すべての決定権を労働者と学生から奪い、マネージャーと学校管理者に委ねることという前提だ。

「他の者と同じでいい。ただ、他の者より優秀でいなさい」というのは、個人の選択を促す趣旨のものではない。実は、その逆だ。【標準化されたシステムでは、あなたが選べないものがいくつもある。】受講コースの期間、指導法、教科書、学習ペース、ときには、どのコースを受講するかさえ選べない。ほとんどの場合、担当講師も、クラスの定員も、講義の時間も、必修コースに使う費用も、、あなたは選択できない。たいていの職業は、特定の専門教育を受けていなければ、採用を検討してももらえない。
 ほとんど同じことがビジネス界にも言える。「出世の階段」は、根拠なく生まれた言葉ではないのだ。たいていの大企業では、【あなたの選択肢は「上昇する」か「出て行く」かのどちらかだ。】実のところ、「昇進か辞職か」の二者択一が、学術研究、経理、経営コンサルティング、軍事、外交、そしてシリコンバレーの大半のIT企業など、多くの業界で正式な方針として認められている。
 これこそ、標準化があなたの個性を密かに失わせる最も効果的な方法である。すなわち、【選択の機会をあなたから奪うことだ。】

【『Dark Horse(ダークホース) 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』トッド・ローズ、オギ・オーガス: 大浦千鶴子〈おおうら・ちづこ〉訳:伊藤羊一〈いとう・よういち〉解説(三笠書房、2021年/原書、2018年)】

「標準化されたシステム」を現代のイニシエーションと考えることもできるだろう。つまり、学歴や資格、法人の規模、免許や規制は一種の通過儀礼なのだ。政治・経済のピラミッドシステムに参加する資格が問われるわけだ。それゆえに政治家や社長は二世が優遇される。彼らはいわばサラブレッドであり、生まれつきの「味方」なのだから。

 例えばネットショッピングを考えてみよう。確かに昔とは比較にならないほど消費者の選択肢は増えた。私自身、大半の買い物はネットで済ませている。だがその実態は、大手ネット通販サイト(amazon楽天、ヨドバシ・ドット・コム)以外を利用することは殆どない。複雑ネットワークのスケールフリー性が遺憾なく発揮され寡占(かせん)状態を示している。

 本書は、「社会的な成功」と「個人としての成功」を比較する手並みが鮮やかで、社会的成功に傾きすぎて閉塞感が漂う現代社会の病状を巧みに捉えている。見ようによっては、ポジティブシンキングの学術書版と言ってもよかろう。