・天皇の絶対的権威
・親子が一緒に暮らすこともままならなかった明治時代
・不遇は精神を蝕む
・気違い-マニア-虫-オタク
・人間的な手応え
眼を通してゆくうちに、通直は胸が詰った。
蝗の被害は極力天皇の耳目に触れないようにすることは、すでに長官、大書記官から示達されている。2年越しの大蝗害も、たぶん天皇の眼には入らないでしまうであろう。
ひと口に開拓というけれど、それがどれほどの難事業であるかについて、中央の高官たちは実感的な認識をほとんど持っていないのが現状である。天皇をはじめ政府の大官たちの来道は、彼らに開拓の正しい認識をあたえる絶好の機会であった。
それには北海道の苛酷な自然条件や、開拓農民の血のにじむような悲惨な努力の実際を、ありのままの姿で見てもらう必要があった。開拓事業の成功した部分や、多収穫村落だけをえらんで見せたりするのは、現実とは無関係な観賞用の綺麗事にすぎないだけでなく、開拓の実際を認識させることであった。
むしろ窮乏村落の実態や、開拓事業の直面している問題点に、視察の重点をおくべきだという通直の意見は、最初の会議の席で、すでに一蹴されてしまっていた。聖上陛下にたいして、見苦しいさまをお目にかけるのは恐れ多いというのである。蝗害のために恐慌をきたしている実状なども、もちろん〈見苦しい〉ことなのであった。【『石狩平野』船山馨〈ふなやま・かおる〉(北海タイムス、1967年連載/河出書房新社、1967、1968年/新装版、1989年/新潮文庫、1971年)】
傑作である。私が読んできた中では長篇小説の第1位だ。女性三代記で鶴代を中心に明治初期から昭和の戦争までを綴る。明治維新の知識があれば10倍楽しめる。船山馨は札幌出身で、札幌二中(現北海道札幌西高等学校)を卒業したというので、札幌市西区で育った私にとっては親近感が深まる。
それにしても、これほどの名作が長く絶版になっているのはどうしたことか。出版社各社の不明が嘆かわしい。池井戸潤〈いけいど・じゅん〉の人気を思えば、船山馨に目をつける編集者がいないこと自体が不思議だ。
二十歳(はたち)の頃に『厚田村』を読んだ時の感動がまざまざと蘇る。物語が心を激しく揺さぶり翻弄する。自分の人生では味わうことができない振幅に目まいを覚える。優れた小説は苦難に対する備えとなり、不測の事態に対する構えを教えてくれる。想像の向こう側に自分の実像を描くことができれば、それだけでも読む価値があるというものだろう。
天皇の絶対的権威が国家社会主義を醸成したと言ってよさそうだ。この流れは大東亜戦争まで続き、「恐れ多い」という理由で正確な戦況が報告されることはなかった。そもそもアメリカとの戦争について昭和天皇は最後まで反対していたのだ。
事実を正確に知らねば正しい判断を下すことは不可能だ。天皇陛下を煙に巻くような側近はいつの時代もいたのだろう。伝統的な悪弊を一掃する必要がある。