古本屋の殴り書き

書評と雑文

1ページ目で挫ける/『グッド・ドーター』カリン・スローター

 サマンサ・クインは千匹のスズメバチに内側から脚を刺されたような気分で、手入れの行き届いていない私道を母屋に向けて走っていた。スニーカーが土を踏む音が激しい鼓動を伴奏し、汗に濡れて太いロープのようになったポニーテールがぴしぴしと肩を打つ。足首の細い骨がいまにも折れそうな気がした。


【『グッド・ドーター』カリン・スローター:田辺千幸〈たなべ・ちゆき〉訳(ハーパーBOOKS、2020年)以下同】

 冒頭の文章である。細かいことだが「スニーカー【の】」とすべきだ。その後も、「太いロープのようになった汗まみれのポニーテール」の方が読みやすいだろう。

 同じページには「聡明そうな」とある。こんな日本語があるのか?

 エピグラフも同様にわかりにくい。

“……あなたが従うための闘いと呼んでいるものは……
従うためではなく、情熱を持って受け入れるための闘いである。
それも、できれば喜びを持って。”

 呼んでいるものが「あなたが従うための闘い」なのか「従うための闘い」なのかが判然としない。文章全体の意味が理解し難い。

 不正確な「てにをは」は思考のノイズである。このような文章が編集や校正を素通りしたとは恐れ入谷の鬼子母神だな。