古本屋の殴り書き

書評と雑文

二重スパイのスカウト/『裏切りのコードネーム』イーヴリン・アンソニー

・『寒い国から帰ってきたスパイジョン・ル・カレ
・『消されかけた男ブライアン・フリーマントル
『裏切りのノストラダムス』ジョン・ガードナー
『女性情報部員ダビナ』イーヴリン・アンソニー
『ワシントン・スキャンダル』イーヴリン・アンソニー

 ・二重スパイのスカウト

『殺意のプログラム』イーヴリン・アンソニー
『緋色の復讐』イーヴリン・アンソニー
『聖ウラジーミルの十字架』イーヴリン・アンソニー

ミステリ&SF

「そうだ、思い出したよ。そいつは柄(がら)の大きいやつで、言うことに説得力があった。『あんたは何も知らないんだね』そう言われた。『安月給に甘んじることが国への忠誠だと思っている。ほかのやつらは国を売って金儲(かねもう)けしてるっていうのに。陣営、陣営って、フットボールをやってるんじゃないんだ。大人になりなさい、ミスター・ハリントン』そう言ったんだ。『ほかのやつらは国を売って金儲けしてる』――俺は頭に来た。それで鎌(かま)を掛けた。誰か具体的な人物を念頭に置いて言ったのか、ただ俺をけしかけるためだけに言ったのか、知りたかったからさ。俺は言ってやった。『でたらめを言うな。SISでそんなことをするやつがいたら、5分と経たないうちに首が飛ぶ。俺だって例外じゃない』ってね。俺は試したのさ。やつはひっかかった。『SISはわれわれの一番の友人だ。だから心配することは何もない。われわれが頼むことをしてくれればいい。あとは自分が金持ちになるのを見ていればいいんだ』とね。そのとき確信した。SISには完全に敵のスパイが入り込んでいる」ピーターはまた、少ししかない髪の毛を撫でつけ、肩をすぼめた。「それで承知したのさ」

【『裏切りのコードネーム』イーヴリン・アンソニー:食野雅子〈めしの・まさこ〉(新潮文庫、1992年)】

 二重スパイの話を持ち掛けてきたのはソ連である。そしてイギリスこそは諜報大国であった。世界ではイスラエルモサドが最強といわれるがイギリスの伝統には敵わない。大英帝国は紳士面(づら)した悪党なのだ。

 見方を変えるとスパイ小説は官僚小説でもある。ちょっと大袈裟にいえば武士に通じる世界でもある。あるいは忍(しのび)というべきか。

「ほかのやつらは国を売って金儲けしてる」――売国奴は敵国のスパイと見なすのが正しい。いつまでも左翼に寛容な国はやがて必ず滅ぼされる。

 イーヴリン・アンソニーの邦訳は全部読んだがハズレなしである。刊行順に読むのがいい。ダビナ・シリーズは4部作で、『緋色の復讐』と『聖ウラジーミルの十字架』は独立した作品だ。