古本屋の殴り書き

書評と雑文

肚とは/『肚 人間の重心』カールフリート・デュルクハイム

『増補 日本美術を見る眼 東と西の出会い』高階秀爾
『身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生』齋藤孝
『息の人間学 身体関係論2』齋藤孝
『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル
『弓と禅』中西政次
『武術の新・人間学 温故知新の身体論』甲野善紀

 ・肚とは
 ・数奇な運命のドイツ人心理学者が日本で辿り着いた「肚」の文化
 ・肩で自己を離し骨盤に自己を据える呼吸法

『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『静坐のすすめ』佐保田鶴治、佐藤幸治編著
お腹から悟る

悟りとは
必読書リスト その五

 肚とは、人間がその根源的中心へと通じる道を見いだして、そこから自分が本物であることを確かめる心身状態を言う。

【【『肚 人間の重心』 カールフリート・デュルクハイム:下程勇吉〈したほど・ゆうきち〉監修、落合亮一〈おちあい・りょういち〉、奥野保明〈おくの・やすあき〉、石村喬〈いしむら・たかし〉訳(広池学園出版部、1990年/第2版、麗澤大学出版会、2003年/原書、1962年)3500円 以下同】

 ページ昇順とするべく書評の順序を入れ替えてある。尚、本書の後で、ネドじゅん著『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』が必読となるため、ネド本を教科書本から必読書に変更した。順番も入れ替えたことを付記しておく。更に正式名称は廣池学園であるが本書奥付のママの表記とした。

「月+土」を肚としたことに古人の叡智が窺える。腸内細菌の存在を直観していたのかもしれない。「腹の虫」と言うが如し。現在、腸が第2の脳であるとまで言われるようになったが、肚は人体の大地と考えてよかろう。進化の過程においても脳ができたのはずっと後のことだ。

 デュルクハイムの肚に関する卓見は可能な限り紹介したい。古書の最安値が8500円ほどになっているので、図書館にリクエストして読むことをお勧めする。

 解剖学的に見れば、人体はチクワのような管構造となっている。つまり、咽喉から腸、そして肛門に至る経路が実は「外側」なのだ。すなわち肚には人体の内と外が収まっていることになる。それを、「根源的中心」と見抜いた知性に驚かされた。キリスト者が軽々(けいけい)に言える言葉ではないからだ。

 これまでの例から二つのことがはっきりした。日本的に坐るということは、体の姿勢と心の姿勢を意味している。日本人は背筋を伸ばした姿勢で、落ち着いて、静かにしている。「背筋を伸ばして」と「静かにしている」の結び付きに特徴がある。全人格が肉体的にも内面に向かって集中しているのである。

 これは戦前の日本人と思われる。特に女性の立ち居振る舞いについても詳細が述べられている。

 私は大勢の人が集まったパーティのことを覚えている。招かれた客は、ヨーロッパ人も日本人も、食事がすんで、紅茶を手にしたり、たばこをくゆらしたりしながら、輪になっていた。そのとき、日ごろの私の関心事を知っている一人の日本人が私のところへ来て、言った。「いいですか、ここに居合わすヨーロッパ人は、もし後ろから押されるとすぐ転ぶ姿勢をしています。日本人の中には、押してもバランスを崩す人はいないでしょう」と。この安定性はどうしたら生まれるのだろうか。重心は上に向かって移らずに、中心に、臍のあたりに保たれている。すなわち、腹を引っ込めず自由にし、軽く張って押し出す。肩の部分は張らずに力を緩めるが、【上体はしっかりしておく】。ゆえに、直立の姿勢は上に引っぱられた姿の結果ではなく、信頼すべき基盤のうえに立ち、自分自身を垂直に保ち、枝分かれする前の幹の姿なのである。人が太っていようと痩せていようと、関係はない。

【姿勢よく】、【どっしりと】、そして【落ち着いて】、これが、その意味を正しく受け取っている日本人にとって特徴的で、かつ全体として【肚】の存在を表現する姿勢の三原則である。

「大人(たいじん)の風格」か。私が子供の時分でも「そわそわするな」とよく注意された。そう考えると多動性障害の深刻さが理解できよう。

 まず第一の不思議は、姿勢の違いを見抜いた日本人の眼である。次になぜ日本人がそうした姿勢を身につけることができたのか。押してもバランスを崩さないのだから体軸ができているわけだ。イス軸法動画を見れば明らかだが、武術家ですら体軸のある人はほぼいないのだ。

 日常生活で重たい荷物を持っていたためか。あるいは坂道を歩いたり、野良仕事が多かったことによるのだろうか。はたまた靴を履いてなかったせいか。ただ姿勢をよくするのと体軸は全く別次元の話である。

 デュルクハイムは椅子に坐った日本人の姿勢のよさを称えているが、当時も現在も骨盤が後傾していたと思うのだが、それでも倒れない姿勢を堅持できたのはなぜか? 疑問が尽きない。