古本屋の殴り書き

書評と雑文

腰肚文化/『身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生』齋藤孝

『会議革命』齋藤孝
『足の裏は語る』平澤彌一郎
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『野口体操・からだに貞(き)く』野口三千三
・『呼吸入門齋藤孝
『BREATH 呼吸の科学』ジェームズ・ネスター
トッド・ギトリン

 ・腰肚文化

『息の人間学 身体関係論2』齋藤孝
『釈尊の呼吸法 大安般守意経に学ぶ』村木弘昌
『肚 人間の重心』カールフリート・デュルクハイム

お腹から悟る
身体革命
必読書リスト その五

 21世紀を迎える現在の日本には、身体のさまざまなタイプが混在している。その中でも大きな違いが見受けられるのは、現時点での70歳以上の人たちのもっている身体文化や身体知と、60歳前後から下の年齢の人たちとの違いである。(中略)
 1960年代のアメリカで隆盛をみたカウンターカルチャーは、日本にも大きな影響をあたえた。ロックやセックスやドラッグといった60年代のカウンターカルチャーを省庁するものは、欲望を解放し、より大きな自由を得るという方向性をもっていた。大人がつくった社会の抑圧や管理から自分の肉体を解放していくというのが、カウンターカルチャーの軸であった。文字通りそれは、すでにある権威に対してカウンター(対抗)としての性格をもつものであった。(中略)
 しかも日本の場合は、戦後の復興から高度経済成長という右肩上がりの社会背景がこうしたカウンターカルチャーの流れに活力を加えていた。その当時の青年のからだは、個人に閉じられたものではなく、連帯する開放性をもっていた。平和運動や人権問題などパブリックな領域への関心も高かった。
 しかし、そうした世代が親の世代になったときにドラマの図式は崩れた。親が親らしくなくなったのである。大人に対抗する若者という役割を担ってきた世代が親となったときに、親や大人としての伝統的なあり方を役割として担う構えに入りにくかったのかもしれない。ここで、生きていくうえでの基本をしっかりと躾(しつけ)るという親の役割が軽視された。身体文化も、伝統の継承が行われなくなった。
 日本の伝統的な身体文化を一言でいうならば、〈腰肚文化〉ということになるのではないかと私は考える。現在の80代90代の人たちと話していると、腰や肚を使った表現が数多く出てくる。「腰を据える」「肚を決める」などは基本語彙である。「昔は肚のできている人が仕事を任せられる人だった」という言葉も90代の男性から聞いた。ここで言われている腰や肚は、精神的なこともふくんではいるが、その基盤には腰や肚の身体感覚が実際にある。「腰を据える」や「肚を決める」は、人間ならば生まれつき誰でもがもっているという感覚ではなく、文化によって身につけられる身体感覚である。腰と肚の身体感覚が、数ある身体感覚の中でもとりわけ強調されることによって、からだの〈中心感覚〉が明確にされるのである。

【『身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生』齋藤孝〈さいとう・たかし〉(NHKブックス、2001年)】

 自分の文章を引用する。

 中野好夫が“もはや「戦後」ではない”と書いたのは1956年の『文藝春秋』2月号であった(1956年度〈昭和31年度〉経済白書に引用され流行語となった/もはや戦後ではない―経済白書70年(2) | 小峰隆夫)。高度成長は1954年(昭和29年)12月から1973年(昭和48年)11月まで19年間も続き(Wikipedia)、その後経済成長率は鈍ったものの実質国民総生産は1997年まで増え続けた(戦後の日本経済の歩み 高度経済成長期:TERUO MATSUBARA)。

特攻隊員は世界の英雄/『神風』ベルナール・ミロー

 私が生まれたのが1963年(昭和38年)だ。日本の学生運動のトピックにも触れておく。

・1948年 全日本学生自治会総連合全学連
・1958年 新左翼共産主義者同盟(ブント)結成
・1959-60年、70年 安保闘争

 次に世界の動きを。

・1955年 アメリカで公民権運動が勃興モンゴメリー・バス・ボイコット)
・1962年 レイチェル・カーソン著『沈黙の春』/環境運動の出発点
1964-75年 ベトナム戦争
・1966-76年 中国で文化大革命
・1967年 キング牧師など公民権運動のリーダーがベトナム戦争反対運動の口火を切る。
・1968年 フランスで五月革命スチューデントパワー
・1960年代後半 ウーマン・リブ(女性解放運動)

 戦後20年間の歴史を俯瞰すると、戦争によって楽しい幼少期や輝かしい青春時代を奪われた世代が反動する様子が見て取れる。あるいは戦う機会を奪われた人々が行った代理戦争であったのかもしれない。

 しかも、戦前・戦中・戦後を通じて共産主義者が世界各国で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していたのだ。戦前・戦中については『大東亜戦争とスターリンの謀略 戦争と共産主義三田村武夫、戦中・戦後については『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」 二段階革命理論と憲法田中英道、『戦後日本を狂わせた左翼思想の正体 戦後レジーム「OSS空間」からの脱却田中英道を参照せよ(フランクフルト学派の影響など)。

 そしてカウンターカルチャーという大波の中でエサレン協会エスリン研究所)が産声を上げ、インディアンの文化が注目され、ニューエイジムーブメントが登場するのである(『現代社会とスピリチュアリティ 現代人の宗教意識の社会学的探究』伊藤雅之)。

 少し後の世代である我々からすれば彼らは単なるヒッピーに過ぎなかった。小学生の頃、だらしのない男は「ヒッピー」と渾名(あだな)され、蔑まれた。ルンペンと同程度の意味合いだった。

 ヒッピームーブメントを左翼による社会の分断工作と見抜けば、学生運動よりも高い効果で成功したと言ってよい。悪は頭脳戦において守旧派を凌駕する。

「連帯する開放性」という言葉が絶妙だ。で、開放された体はフニャフニャだったわけだよ。

 齋藤孝の説明能力の高さ、確固たるロジックと引用文献のセンスのよさが際立っていて、「ははァーッ」と頭を下げたくなったほど。しかも学者の余技かと思いきや、大学時代から息(呼吸)をテーマに研究を積み重ねてきたとのこと。つまり、「身体性のプロ」なのだ。

 私が20代であったら迷うことなく書き写していたことだろう。それほどの傑作である。

 尚、NHKブックスの判型(B6版)とフォントサイズが実に心地よい。写真も驚くほどキレイだ。ハヤカワ・ノヴェルスは今からでも遅くないから同じサイズにすべきだ。