古本屋の殴り書き

書評と雑文

ルンゴム(空中歩行)に興味はない/『速歩のススメ 空中歩行』成瀬雅春

『瞑想と認知科学の教室』苫米地英人、成瀬雅春

 ・ルンゴム(空中歩行)に興味はない
 ・ムーラバンダ

『原初生命体としての人間 野口体操の理論』野口三千三

 人間に限らず、歩くことのできる動物は、歩き回る、動き回ることで成長し、動物的能力を高めるのです。シカなどの草食動物で、肉食動物のライオンに捕食されるのは、走るのが遅い1頭です。走る能力の差が生きるか死ぬかの境目になるのです。そして、野生動物が歩けなくなるということは、ほぼ生命を絶たれたことに等しいはずです。
 人間は歩けなくなっても、それだけで生命を絶たれることはないですが、生命力が落ちることは確かです。
 歩けなくなると、たちまち生命力が落ちます。筋力が衰え、自律神経が乱れ、内臓機能が低下します。歩けないと外出する回数が減るので、目に入ってくる情報量が極端に減ります。室内だけでは移動するものも制限があり、同じ景色ばかり目にするようになります。その結果、集中力、判断力、記憶力、思考能力が低下して認知症になりやすくなるのです。

【『速歩のススメ 空中歩行』成瀬雅春〈なるせ・まさはる〉(BABジャパン、2023年)以下同】

 ルンゴム(空中歩行)というチベットの行法がある。

349・「ルンゴム」という走法

 かつて日本の猟師にも猿のように山を登り降りできる人物がいたというから、経験から生まれた智慧なのだろう。ただしチベットの場合は標高が4000メートルを超えるため、単なる速さの追求とは思えない。

 山伏(やまぶし)が一本歯下駄を愛用していたらしいが、使い方が今ひとつピンと来ない。登りが楽なのはわかる。足首の屈曲が少ないため。下りの場合は話が変わる。下駄の歯で小石を踏んでしまえばバランスが崩れ、転倒してしまうことだろう。実際に履いてみるとわかるが、ほんのわずかなアスファルトの傾斜ですら上体を大きく揺らすのだ。踵部分が自由なだけに動きやすい。

 記事末尾で成瀬の動画を紹介するが、山間部でこんな歩き方ができるわけがない。私のオリジナル歩法と全く正反対である。学ぶべきことは一つもなかった。

 野生動物からは、学ぶべきことが多いです。
 ケガをしたり病気になったりすると、多くの野生動物は「絶食」します。もちろん、食料を調達できないということもありますが、それ以上に、食を絶ってじっとしていることが、最短の治療法だということを、本能的に知っているのです。
 人間も動物です。野生動物と同じ行動をとれば、回復が早いはずです。

 これは傾聴に値する考え方だ。覚えておけば後々役に立つだろう。

 足の指を開くことが出来るようになると、まずバランス能力が上がります。たとえば片足立ちで目を閉じたときに、すぐバランスが崩れてしまう人は、足の指が開くようになると、バランスを崩さずに保てるようになります。それは小指側の踏ん張りが利くからです。片足バランスは、足の指で取っています。小指が機能するのと、しないの差は大きいです。親指と小指がしっかりと床をとらえることで、バランスが保たれるのです。

 書籍には画像入りで解説されている。この箇所を読んだだけでも十分にお釣りがくる。私は、宮本武蔵が説いた「踵を踏む」を重視しすぎて、足指(そくし)を軽んじてきた嫌いがある。しかも拇指球の力を抜くため意図的に足指も緩めて歩いてきた。やはり、スポーツシューズでは駄目だ。地下足袋かワラーチでなければ意識することすら難しい。本当は素足で坂道や田んぼを歩くのが一番効果的だ。

 速く歩くことよりも軽く歩くことを私は目指している。体幹の重さをどう軽く動かすか、である。歩くことは簡単だ。だが、簡単なことほど難しいのだ。きちんと立つこと、歩くこと、寝ることができる人は稀(まれ)だ。

 尚、ルンゴムについては『時間と空間、物質を超える生き方』でも書かれている。