古本屋の殴り書き

書評と雑文

「つかむ」ということ/『惣角流浪』今野敏

『雷電本紀』飯嶋和一
『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル
『鉄人を創る肥田式強健術』高木一行
・『肥田式強健術2 中心力を究める!』高木一行
『表の体育裏の体育 日本の近代化と古の伝承の間(はざま)に生まれた身体観・鍛錬法』甲野善紀
『武術の新・人間学 温故知新の身体論』甲野善紀

 ・「つかむ」ということ

『鬼の冠 武田惣角伝』津本陽
『会津の武田惣角 ヤマト流合気柔術三代記』池月映
・『合気の発見 会津秘伝 武田惣角の奇跡』池月映
・『合気の創始者武田惣角 会津が生んだ近代最強の武術家とその生涯』池月映
・『孤塁の名人 合気を極めた男・佐川幸義津本陽
『深淵の色は 佐川幸義伝』津本陽
『透明な力 不世出の武術家 佐川幸義』木村達雄
・『佐川幸義 神業の合気 力を超える奇跡の技法』『月刊秘伝』編集部編
『古武術と身体 日本人の身体感覚を呼び起こす』大宮司朗
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
『隠蔽捜査』今野敏

「どうやら、わかったようだな。農夫は鋤鍬(すきくわ)を持つ。そのときに決してしっかりと握りはしない。刀を持つときも同様だ。だからこそ、自在に道具を扱うことができる。道具本来の働きもできる。同じように、相対する相手をつかむことができれば、相手を自在に操ることができるのも道理」
「鬼もつかめますか?」
「鬼とは、敵の荒ぶる心だ。手の裡に熟達し、年老いた農夫が鋤鍬を扱うがごとく、相手の手なり袖(そで)なりをつかめれば、こちらの思うようになる。敵の荒ぶる心さえも自在に扱える。これがつかむということだ」
「鬼もつかめる」
「そうだ。だが、敵は、剣や鋤鍬とは違う。動いている。その動きを留めるのが、こちらの体さばきだ。よいか。お式内は、正座した状態から、膝で体を運ぶ。膝行(しっこう)という。これが自在にできれば、立っておるときの動きはさらに自在になるのは道理だ。わかるか」
「はい」
 惣角は、その瞬間にすべてを把握した。

【『惣角流浪』今野敏〈こんの・びん〉(集英社、1997年集英社文庫、2001年)】

 伝記小説である。作家の想像力が過去の人物に息を吹き込んで蘇らせる。虚構が真実に迫る時、神話が生まれるのだろう。

 大東流合気柔術の神髄が見事に表現されている。相手が嫌がらない、つまり筋肉の反射を起こさせないつかみ方に、合気の合気たる所以(ゆえん)がある。

 実際にはなかったと思われるが、武田惣角西郷四郎富田常雄著『姿三四郎』のモデル)の出会いも描かれている。