古本屋の殴り書き

書評と雑文

恐るべき諧謔と風刺/『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー:黒原敏行訳

『われら』ザミャーチン:川端香男里訳

 ・比類なき言葉のセンス
 ・恐るべき諧謔と風刺

『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳
『華氏451度』レイ・ブラッドベリ
SNSと心理戦争 今さら聞けない“世論操作”
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー

必読書リスト その五

 フォード紀元(AF)632年というこの安定性(スタビリティ)の時代、

【『すばらしい新世界オルダス・ハクスリー:黒原敏行〈くろはら・としゆき〉訳(光文社古典新訳文庫、2013年/『みごとな新世界』渡邉二三郎訳、改造社、1933年/ハックスリイ:「すばらしい新世界松村達雄訳、『世界SF全集』第10巻早川書房、1968年/『すばらしい新世界高畠文夫訳、角川文庫、1971年/ハックスリー:松村達雄訳講談社文庫、1974年/大森望訳、ハヤカワ文庫、2017年/原書、1932年)以下同】

すばらしい新世界』は諧謔(かいぎゃく)と風刺に富んだ作品である。読者の知識が試される前提となっており、それはそのまま読者への信頼とも受け取れる。中途半端な文章を幾つか紹介しよう。

「かつて、われらがフォード様がこの地上におわしましたころ、」

 自動車王ヘンリー・フォードがイエスのように扱われている。


ヘンリー・フォード/Henry Ford】

(ここで所長は腹の上でTの字を書いたので、生徒たちも恭(うやうや)しくそれにならった)

 十字ではなくT字だ(笑)。T型フォードが直ぐ頭に浮かぶ。因(ち)みにT字路は俗語で正しくは丁字路(ていじろ)である。

 以下、人名に関するネタを挙げてゆく。

ムスタファ・モンド
 ムスタファは預言者ムハンマドの別名で、モンドは「世界」を意味するフランス語の monde に由来。

バーナード・マルクス
 フランスの社会学サン=シモンの弟子である サン=バーナード と、共産主義創始者カール・マルクスから。


カール・マルクス/Karl Marx】

レーニナ・クラウン
 ウラジーミル・レーニンに由来。 クラウン (王冠)は「王権」や「権威」を暗示し、レーニナが体制順応的な役割を担うキャラクターであることを示唆。

ヘンリー・フォスター
 こちらもヘンリー・フォードに由来。

 原書刊行が1932年(昭和7年)である。T型フォードの量産化(オートメーション化の嚆矢〈こうし〉)が始まったのが1914年だ。「フォード紀元」は1908年から始まるが、これはT型フォードが発売された年である。


【T型フォード】

 新世界では「中央ロンドン孵化・条件づけセンター」で赤ん坊が自動車のように管理・製造されている。

 この世界では幸福が強要される。大量消費が促され、快楽至上主義に支配されている。人々は「ソーマ」と呼ばれる薬で感情を抑え、疑問や葛藤を感じないように管理されている。

失われた30年」を経る中で、自由とは「物を買う自由」に変質した。100円ショップが誕生したのは1985年(LIFE春日井店)のこと。ダイソーが直営100円均一ショップを香川県高松市丸亀町商店街内に開店したのが1991年である。日経平均が1989年12月29日の大納会で史上最高値(3万8915円87銭)をつけたことを思えば、バブル景気崩壊と同時に百均は歩き始めたと考えてよかろう。100円ショップに行くと誰もが豊かな錯覚を覚える。それは、「何でも買える自由」を謳歌しているためだ。何と貧しい自由であろうか。

 病気という不自由から逃れるためなら安楽死が自由に思える。新世界を覆うのはそういう雰囲気だ。無論、癌の激痛に苛まれるようなことがあれば、私だってモルヒネを投与してもらうに違いない。だが、それは生き抜くための頓服に過ぎない。

 ナチス支配下強制収容所を生き延びた人がいる。なぜ彼らは自殺しなかったのだろうか? ぬくぬくと生きる私からすれば「死んだ方が楽」に見えてしまう。シベリアに抑留された日本人も同様だ。

 誰に尋ねても、「『一九八四年』よりも『すばらしい新世界』の方がまだましだ」と言う。だが、そこにこそ全体主義に屈する精神性がありはしないか? 幸福を望んでいるように錯覚しているだけで、実は楽をしたいだけではないのか?

 冬山を登攀(とうはん)する自由を思う。それは我々が思い描く幸福など及ばぬ世界だ。命懸けで頂上にアタックし、ただ降りてくるだけの行為だ。それでも、「登らずにはいられない」焼け付くような思いがあるのだ。死をはっきりと意識しなければ、生を味わい尽くすことは不可能だ。

 周囲に流されるのではなくして、自らの意志で川のように流れ、大海に達するように死にたいものだ。