・『「言葉」があなたの人生を決める』苫米地英人
・『アファメーション』ルー・タイス
・『「原因」と「結果」の法則』ジェームズ・アレン
・『「原因」と「結果」の法則2 幸福への道』ジェームズ・アレン
・『新板 マーフィー世界一かんたんな自己実現法』ジョセフ・マーフィー
・『未来は、えらべる!』バシャール、本田健
・『バシャール・ペーパーバック1 ワクワクが人生の道標となる』バシャール
・マイク・マクナマスとバシャールのワクワクの違い
・誤った社会通念にしたがって生きる人生
・『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
・『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰
・『潜在意識をとことん使いこなす』C・ジェームス・ジェンセン
・『こうして、思考は現実になる』パム・グラウト
・『こうして、思考は現実になる 2』パム・グラウト
・『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ
・『あなたという習慣を断つ 脳科学が教える新しい自分になる方法』ジョー・ディスペンザ
そうした生き方を変えるには、自分のワクワクを追求すればよいのです。
ここでいうワクワクとは、自分の中に自然にわき起こる好奇心のことで、「その人らしさ」を形成するものです。通常は、理性や言い訳の陰に隠れて無視されている部分です。こうした好奇心や内なる衝動を誰もが心の中に持っています。なぜならすべての人生に意味と目的があり、人はだれでも意義ある人生を送りたいと願っているからです。
本当の自分を見つけたいなら、自分のワクワク、子供のような好奇心を追いかけていけばよいのです。こうした生まれながらの興味や好奇心を軸にして生き方を設計していくと、自分のソースにたどり着きます。つまり、仕事を始めとするあらゆる情報や人間関係が生まれる以前の、奇跡の泉にたどり着くわけです。ソースを奇跡の泉と呼ぶ理由は、理性や左脳の論理では説明できないような結果がそこから生まれるからです。ワクワクを追求すれば、あなたの心はかならず満たされます。【『ソース あなたの人生の源はワクワクすることにある。』マイク・マクナマス:ヒューイ陽子訳(ヴォイス、1999年/原書、1999年)】
ワクワクといえばバシャールだが原語は同じなのだろうか? 調べてみた。
マイク・マクナマスは「Passion」(熱情)である(「ワクワク」って、そもそもどんな意味?? | ワクワクびより)。一方、バシャールは「excitement」(興奮)らしい(バシャールのワクワクはテンションよりも穏やかさ|英語の意味から|GLOBO スピリチュアルの学び)。ニュアンスは異なるが、いずれにせよ興味・関心・好奇心が湧く方向性を示しているのは確かだろう(「ワクワク」を英語で表記すると・・・ - ソース (Source:幸せの源泉) | mixiコミュニティ)。
どちらも鼓動を高める作用がある行為や事柄を意味したものと考えてよかろう。俗に「好きこそものの上手なれ」というが、孔子は「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」(『論語』)と説く。ワクワクとは「楽しむ」様(さま)である。
ただし、遊園地のように外部環境に依存するワクワクは受動的なので底が浅い。飽くまでも自分が積極的に関与することでワクワクするのが望ましい。
私は読書好きが昂(こう)じてオンライン古書店を開業した。好きな本を入手して販売するという生業(なりわい)は中々楽しかった。しかし、あまりにも粗利(あらり)が少なかった。後にAmazonが古本を1円で販売し始めると、売り上げはガタ落ちとなり、とても生活できるレベルではなくなった。しかも、生活スペースに占める本の比率は凄まじく、寝る場所を確保するのがやっとだった。結局、二束三文で新たに開業した古本屋に全部売り払ってしまった。その時やっと気づいた。私が好きなのは読書であって本を売ることではなかった。このように正しいワクワクの追求は案外難しいものである。
ワクワクするのに理由などいらない。あなたにとってワクワクすることが生き甲斐である。楽しいことは時間が経つことも忘れて無我夢中になれる。労働時間が長く感じるのは、あなたに向いていない仕事をさせられている証拠である。
「ワクワクを追求せよ」と言われても、「そんな……」と思うのは妙な労働価値観に囚われているためだ。あるいは「嫌なことであっても我慢することが正しい」という信念が形成されているのかもしれない。「世間はそんなに甘いものじゃない」と思うあなたが、そういう世知辛い世間を構築しているのである。
ま、楽しいことを追求するのだから他人に強制される謂われはない。ソースに辿り着けば、必ずワクワクすることで食べてゆけるようになる。そんな不思議さこそが人生の醍醐味なのだ。驚くべき偶然が待ち受けていることだろう。