古本屋の殴り書き

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視線が運動を導く/『DVDつき あべこべ体操決定版 首や肩、腰の疲れがあっという間に解消!』北洞誠一

ニューストレッチプログラムその6「30秒で首がほぐれてしなやかになる」

 ・視線が運動を導く

・『DVDつき あべこべ体操新決定版 “あべこべ"に体を動かすだけで、首・肩・腰がラクになる!』北洞誠一
・『あべこべ1分間体操 肩コリ・腰痛・首コリがスッキリ解消!』北洞誠一
・『3分ですっきり美人! あべこべ体操レッスンDVDつき』北洞誠一
『アイ・ボディ 脳と体にはたらく目の使い方』ピーター・グルンワルド


【『DVDつき あべこべ体操決定版 首や肩、腰の疲れがあっという間に解消!』北洞誠一〈きたほら・せいいち〉(主婦の友社、2012年)】

「キョロ目運動」である。ニューストレッチプログラムで視線を逆方向へ向けるのは知っていたが、よくよく考えると実に奥が深いことに気づく。

 実はもっとわかりやすい例がある。バイクで旋回する際には、視線と首を先に曲がる方向へ向けてバイクを誘導するのだ。「バイクは視線の方向に曲がる」と言われる所以(ゆえん)である。細かく言えば、背骨や骨盤の動きが加わることで自然と体重移動ができていることになるのだが、理窟は後回しで構わない。

 つまり、「視線が運動を導く」のである。北洞誠一はそうは書いてないのだが、それを教えてくれる。私にとっては小さな悟りともいうべき閃きであった。

 眼球運動は必ず首の動きを伴う。首が動けば必ず胸椎が導かれる。そこから骨盤が捻(ねじ)れる。すなわち、眼の動きが全身に及ぶのだ。

「注意を向けた方向に体が動く」のは、恋愛が一番わかりやすい(笑)。教室の隅っこの遠くから好きな異性を眺めた経験は君にもあるはずだ!(断言) その時、視線は必ず体の向きを微妙に変え、鼓動をも高めたはずだ。そして、あんなことや、こんなことや、そんなことまで妄想したはずだ。私の眼は全部お見通しだぞ!

 実は宗教にまで拡張することが可能だ。「グルへの崇拝」は「グルとの一体視」と隣合わせに位置する。更にグルへの注視が様々な宗教行為を導くのだ。祈り、読経、踊りから祭りに至るまで、何らかの一体感や意識の広がりを志向していることが見て取れる。

「祈りはかなう」と「思えば実現する」にさしたる違いはないだろう。幸福は拡大解釈され、不幸は過小評価される。

 ここまで考えると、瞑想やクリシュナムルティの説く「見る」が、「注意-運動システム」の解体であることが理解できる。

「注視➡関心➡行動」を、ブッダは「触➡受➡愛」と説いた(十二支縁起)。つまりブッダはこのシステムが無明と渇愛によって機能している構造を見抜いたわけだ。クリシュナムルティの「見る」は、触➡受の快・不快を覚える手前にとどまれ、と教えているのだ。見るを超えて見る。眼ではなく後頭葉で見る。そんな趣がある。