古本屋の殴り書き

書評と雑文

言葉の虚実/『清明(せいめい) 隠蔽捜査8』今野敏

『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版今野敏

 ・言葉の虚実
 ・エリートの勘違い

・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版今野敏
『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏

ミステリ&SF

「神奈川県警と聞いて、真っ先に何を思う?」
 竜崎は正直にこたえた。
「不祥事でしょうか」
「そうなんだよ。今じゃさ、インターネットで、神奈川県警と検索すると、リストには不祥事ってのが必ず出てくる」

【『清明(せいめい) 隠蔽捜査8』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2020年新潮文庫、2022年)以下同】

 5月30日に文庫化された。

 竜崎は蒲田警察署から神奈川県警に異動となる。大森署署長から神奈川県警刑事部長の栄転ではあるが、ストーリー上だと戸高や貝塚といったキャラクターを捨てることになる。著者としてはマンネリを回避したのだろうか。あまりにももったいないと思う。

 実際に神奈川県警は不祥事だらけなのだが、特筆すべきは、やはり坂本堤弁護士一家殺害事件(1989年)だろう。坂本弁護士共産党系であるとの理由で、失踪を「夜逃げ」と判断したのだ。初動捜査の致命的なミスによって後のオウム真理教事件につながるのである。県警の体質は長年の慣習で培われたのだろう。県知事が思い切った措置をとらない限り、不祥事まみれの体質が改まることはあるまい。

【最新版】神奈川県警の不祥事一覧がヤバすぎる!ビール券だけではなかった? | narudora media

「いや、私は今の立場で満足しています。仕事を求める人に仕事を斡旋する。たいへんシンプルです。今さら、面倒な法曹界に戻るつもりはありませんし……」
「本当に証拠を捏造されたのですか?」
依頼人に都合のいい証拠を強調し、都合の悪い証拠を取り上げなかっただけです。検察なら普通にやっていることです。しかし、弁護士がそれをやると問題になる。権力側と反権力側の違いです。それで嫌気が差しました」
「権力側とか、そういうことではないと思います」
「警察はどう考えても検察の側、つまり権力側ですから、そう思われるのでしょう」
 そうだろうか。
「それについては、よく考えてみることにします」
 山東は驚いた顔で竜崎を見た。
 竜崎は尋ねた。
「どうしました? 私が何か変なことを言いましたか?」
「社交辞令ではなく、本当に考えてみるというふうに聞こえたもので……」
「私は、言ったことは本当にやりますよ」
 山東がしげしげと竜崎を見たので、少しばかり気まずい思いをした。

 参考人山東は元弁護士の外国人労働者手配師という変わり種だった。物語の中ではトリックスターとしていい味を出している。

「言ったことはやる」――言行一致の美風すら政界・官界では滅んでしまったのだろう。竜崎伸也の存在を読者が風のように感じるのは、あるべき官僚の姿、すなわち武士道を体現しているためだ。この国では政官業のトップが自己の責任を回避する言葉をこねくり回して、己の正当化に努める。恐れるべきは自己の信念に偽りがあるかどうかだ。しかし彼らはマスコミを恐れる。マスコミ側も巧みにその恐怖心を利用する。国民は新聞の見出しや、ワイドショーの色つき情報に、ただ感情を委ねる。皆が皆、「叩ける誰か」を探している。失われた20年のストレスはこんなところにも現れている。

 神奈川県警の警官が本書を読んでいるものと信じたい。