古本屋の殴り書き

書評と雑文

交渉とは/『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏

『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版今野敏
『清明(せいめい) 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版今野敏

 ・交渉とは

ミステリ&SF

「なるほど。NCIS(米海軍犯罪捜査局)に捜査してほしいということですか?」
「協力は歓迎しますが、我々が確認したいのは、お互いの仕事の領分です」
「領分……?」
「そうです。どこからどこまでが、日本の警察の領分で、どこからがNCISの領分か、確認したいのです」
「それはつまり、捜査の邪魔をするなということですね」
「そうです」
 竜崎は、はっきりとそうこたえた。相手は気分を害するかもしれない。だが、そんなことは気にすることはない。
 こちらの要求をはっきり伝える。相手がそれを拒否したら、譲歩できる線を模索する。交渉はそう進めるべきだ。最初から忖度する必要などない。

【『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2022年新潮文庫、2024年)】

 原理原則に忠実な竜崎が石丸伸二とダブる。警察官僚を主人公に据えることで、今野敏はわかりやすい政治性を盛り込んだ。これが単なる出世競争に堕してしまえばリアリティは増すのだろうが、敢えて闘うキャラクターとしたことで、「現代の武士道」を匂わせるドラマとなっている。

 日本は談合社会である。よくわからないのだが多分、長く続いた江戸時代からの伝統なのだろう。それが「知恵」であった時代もあったに違いない。しかしながら、知恵が形式に変質すれば伝統は悪弊と化す。

 石丸伸二は旧弊まみれの安芸高田市議会に闘いを挑んだが、結局のところ守旧派で反市長派の清志会(せいしかい)は考えや姿勢を改めることはなかった。一部の市民は目を覚ましたかもしれないが、多くの市民は眠ったままだろう。

 こうした政治状況を見ればわかるが、日本人の政治意識は「付き合い」で決まる。企業や業界団体といった利権を巡る付き合いや、労働組合・宗教組織を介したつながりだ。別に違法なわけではないから、それで構わないだろう。国民が目先の利害で動いている以上、そう遠くないタイミングで手痛いしっぺ返しに会うはずだ。それまでは、せいぜい惰眠を貪っていればいい。

 北朝鮮からのミサイルや、繰り返される中国の領海侵犯で騒ぐことのない国民が、自民党の裏金問題で大騒ぎをしている。騒ぎどころを誤っているとしか思えない。

 ハンモックナンバー(入庁時の成績順位)に固執する八島という人物が登場する。この手のタイプが現在の霞が関を牛耳っているのだろう。エリートが利己主義の虜(とりこ)となれば、彼らは平然と国民を犠牲にし、最後は国をも売るに違いない。