・『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
・『感染症の世界史』石弘之
・当初からデータを隠蔽し続けてきたワクチン医療
・平凡な医師たちはワクチン被害を知りながら沈黙し続けた
・19世紀の欧米は不潔極まりなかった
・ワクチン無効が明らかになると「一生続く免疫」から「重症化を防止」に変更
・1853年、イングランドでは天然痘ワクチン接種拒否が犯罪となった
・ワクチン未接種の不信心者に罰則
・ワクチン接種を強制するほど天然痘が流行
・感染症対策の基本は衛生、栄養、日光浴
・ドキュメンタリー映画『突然死』(Died Suddenly)
高い接種率を目指して政府は様々な対策をとったが、1870年代のはじめに、レスター市だけでなく、イングランド中、そして世界中に天然痘の大流行が到来した。レスター市の感染者数は数千を数え、何百人もが死亡したので、ワクチンの予防効果に対する人々の信頼は揺らいだ。
年月がたつに従い、親たちはワクチン接種の後遺症が増加していることを直接経験したり見たり聞いたりした。1871年から1872年にかけての天然痘の流行は明白な証拠となった。【法律に従いワクチン接種を受けていたにもかかわらず、3000ほどの感染例が生じ、ワクチン接種済みの人を含む358名が亡くなった】。
【『ワクチン神話捏造の歴史 医療と政治の権威が創った幻想の崩壊』ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ:神瞳〈じん・ひとみ〉訳、坪内俊憲〈つぼうち・としのり〉監修(ヒカルランド、2023年)以下同】
ワクチン接種に【感染症の予防効果はなかった】。政府や自治体は感染症による死亡者数が減ったタイミングでワクチンを法的に強制した。つまり自然免疫が形成されていたことは明らかだった。ワクチンは毒である。事前に軽く罹(かか)っておくことで免疫を作る目的がある。ところが、免疫はできず、あろうことか次々と後遺症が現れた。
1884年のレスター・マーキュリー紙に掲載された投書にはワクチンに対する信頼が揺らいでいることが表れている。
【ある集団が法整備により執拗に組織的なワクチン接種を強制されればされるほど、天然痘の流行がひどいものになる】。これは思慮深く観察してるものにとっては特別な驚くべき事柄である。ロンドンで出生した者のうち96%がワクチン接種を受けている。80年を経て、ワクチン接種が破壊的で恥ずべき大失敗であることが明らかになった。ワクチン接種のための医療システムを擁護し整備してきた医療従事者は、この事実を踏まえ、自分たちの取ってきた行動を反省し、道義的な責任を感じるべきだ。そしてワクチン接種が他の予防接種、瀉血、水銀投与など、一時期流行した施術と同様、深刻で有害な誤りであると大衆に対して告白すべきではないか。
ワクチン接種に抵抗する動きは高まってきた。人々がワクチン接種の後遺症に気づき接種を拒み始めたあとで接種強制化の法律が制定された。人々は法律による強制で仕方なく接種したが、天然痘の激しい流行が襲った。そのためさらに多くの人々が抵抗するようになった。
論理的には矛盾しているにもかかわらず、政府は子どもへのワクチン接種を拒絶する親たちを、ワクチン担当の役人が起訴できるようにすることでワクチン接種率を高めようとした。
「論理」や「常識」がどれほど当てにならないかが理解できる。人間は常に【盲目】なのだろう。とすれば、その自覚こそが理性の証拠となる。「正しさ」は危うい。時代の制約は自覚し得ない愚かさという姿で後世に伝えられる。今日確実なことが、明日には不確実となるのが人類の歴史か。
この章のエピグラフをよくよく味わうべきだ。「自由を制限」するところに欺瞞(ぎまん)が隠されている。「これくらいは」と我慢する人々は少しずつ殺されていると思ってよい。大惨事の始まりを支えているのも彼らである。
本書を通読すれば、かつて効果があったワクチンは【なかった】ことが理解できる。