古本屋の殴り書き

書評と雑文

野口三千三とKJ法/『野口体操・ことばに貞(き)く  野口三千三語録』羽鳥操

『身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生』齋藤孝
『野口体操 感覚こそ力』羽鳥操
『野口体操・からだに貞(き)く』野口三千三
『野口体操・おもさに貞(き)く』野口三千三

 ・野口三千三KJ法

『原初生命体としての人間 野口体操の理論』野口三千三
『身体感覚をひらく 野口体操に学ぶ』羽鳥操、松尾哲矢
『アーカイブス野口体操 野口三千三+養老孟司(DVDブック)』野口三千三、養老孟司、羽鳥操
『野口体操 マッサージから始める』羽鳥操
『「野口体操」ふたたび。』羽鳥操
『誰にでもわかる操体法』稲田稔、加藤平八郎、舘秀典、細川雅美、渡邉勝久
『生体の歪みを正す 橋本敬三・論想集』橋本敬三

身体革命
必読書リスト その二

 そもそもこのKJ法というのは、文化人類学者の川喜田二郎さんが『発想法』という著書で著した学問の方法です。フィールドワークを中心とした科学の方法だといえます。つまり、問題提起→外部探検(情報集め)→観察→記録→分類→統合にいたるフィールドワークとその応用について、独創的な発想を促す方法として当時注目を浴びていたのです。
KJ法」のいいところはね、自分が発想したり考えていることを紙に書くことで、記憶しておく必要がなくなるわけ。つまり、頭のなかをからっぽにしておけるんです。普通にノートに記述したのだと、時系列に沿った線的思考になるでしょう。KJ法のやり方で行うと、順序や関係を脳の外側で自由に変えることができて、新しい結びつきが幾とおりも生まれてくるんです」
『原初生命体としての人間』を著す前から、先生は実際にKJ法を採り入れていたと伺っていました。独自の在り方も加えて、野口発想法を探っておられたのです。
「体操は言葉にならないところにその本質がある」とおっしゃりながらも、すでにそのとき3冊の著書をお持ちでした。もちろん野口体操の授業は黙々と実技だけを行うのではありません。体・言葉・動きについて、時事問題について、ご自身が感じられた日常の些細なことについて、2時間のあいだ途切れることなく先生を話を聞くことができます。

【『野口体操・ことばに貞(き)く  野口三千三語録』羽鳥操〈はとり・みさお〉(春秋社、2004年)以下同】

 法政大学で開催された「第5回KJ法学会」へ行く道すがらで語った言葉である。「なぜ、ぼくが呼ばれたのか、本当は見当がつかない」とも野口は言った。

『発想法』は昔読んだのだが記憶があやふやだ。もう30年以上前のことだが、当時、函入りのカードを買った憶えがある。確か25歳の時だ。

 ディスカッションのなかで先生は椅子から立ち上がって、鞭を鳴らし、折り紙の蛇の動きをみせ、野口体操の実技をしめしておられました。先生がひとこと話すごとに拍手が起こります。身を乗り出したのは、観客だけではありません。司会者もパネリストも、先生のアクションごとに、どよめきながら身を乗り出します。先生の独演会の趣がありました。
 そのとき、禅というのは、体験の重視で、科学研究が可能かどうかという点に問題があることを示唆された恩田(彰)さんの発言が、野口体操にもそっくり当てはまる問題提起だったことを記憶しています。(中略)
 言葉ですべてを表わすことが難しい世界でもあります。だからといって言語表現をしなくてもいいとはいえません。言葉の力をもって、壊しては築くことを繰り返し行う必要性を先生は感じておられました。そこに登場してくるのがKJ法だったのです。

 ディスカッションでは川喜田二郎本人が司会を務めた。野口を人選した慧眼恐るべしと言わざるを得ない。

今西さんの類推と直感を、徹底して使っているのが野口体操かもしれないね」
 印象を語る先生の語調に、KJ法学会の本丸で受けた自信がにじみ出ていました。
 どんないい方法を駆使しても、その方法のなかに新しい独創的な視点を見つけ出せなければ、実際には力をもたないことを、その日の学会を通して私はつくづく感じていました。

 野口三千三橋本敬三はもっと顕彰されてしかるべきである。日本武術の次のステップを開拓したように思えてならない。