・『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥
・『仏陀の真意』企志尚峰
・『必生(ひっせい) 闘う仏教』佐々井秀嶺
・『悩んで動けない人が一歩踏み出せる方法』くさなぎ龍瞬
・感情と思考とを分ける
・善き思いで善き言葉を口にする
・三毒とは その一
・三毒とは その二
・三毒とは その三
・心=反応
・『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』草薙龍瞬
・『これも修行のうち。 実践!あらゆる悩みに「反応しない」生活』草薙龍瞬
一つ例を上げると【「感情と思考とを分ける」】という方法があります。
たとえば、ある人と感情的に対立したとしますね。たいていは気持ちの整理がつかずに、むしゃくしゃ・イライラ・もやもやした感情を引きずることになります。
しかし、ブッダの知恵では、【相手への「怒り」という感情】と【「ではどう関わるか」という思考】とを分けてしまうのです。その上で、「自分の感情にうまく対処する方法」と、「相手に上手に向き合う方法」とを【切り離して】考えるようにします。【『ブッダの思考法でアタマすっきり! 消したくても消えない「雑念」がスーッと消える本』くさなぎ龍瞬〈りゅうしゅん〉(大和出版、2012年)】
思考を司るのは前頭前野で、感情は大脳辺縁系から生じる。特に、「恐怖感、不安、悲しみ、喜び、直観力、痛み、記憶、価値判断、情動の処理、交感神経に関与」するのは扁桃体(へんとうたい)だ(Akira Magazine)。
脳の下部は進化の古さを意味する。大脳辺縁系(哺乳類脳)の下にある脳幹は爬虫類脳と呼ばれる(ポール・マクリーン)。
社会生活の中で感情の激しい人物が嫌われるのは動物に近いためだ。群れのルールを破る可能性が高いと判断される。幼児期にあってすら、泣き虫は嫌われるのだ。
ところが大脳辺縁系の方が古くからあるため人は感情に支配される。それを端的に示した言葉が、「分っちゃいるけど やめられねぇ」という「スーダラ節」(1961年)の一節だ。
恋愛感情が激しい人は、何かあると一転して憎悪に変わりかねない。愛憎劇が刃傷沙汰(にんじょうざた)になることもままある。
私は小学生の時分から人の好き嫌いが激しい。感性が敏感なせいか、いいところと悪いところが直ぐ見えてしまう。「どうして怒っているのかわからない」と言われることが多く、論理的に説明せざるを得なくなる場面がよくある。で、最後に「そこまで説明しないとわからないのか、貴様は」と吐き捨てるように言う。どうも父親譲りの性質らしい。
これはネット上においても全く変わることがなく、ちょっとでも嫌な人物とは関わらない。Xの140字のポストですら人間性が透けて見える。人間だから当然失言もある。だが、失言にこそ本音が表れているようにも感じる。単純な脳のノイズと判断できる内容であれば無視する。
悩んでいるというほどでもないのだが、「困った性格だ」とは思っている。完全全自動なので思考する隙(すき)がないのだ。
振り返ると「肯定されてきたことが裏目に出ている」ような印象がある。ただ単に、「今までは許されてきた」だけであって今後の保証があるわけではないのだ。さすがに還暦を越えると注意してくれる人も少ない。「六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」(孔子)の道は険しい。「七十にしてのり弁を食べる」なら簡単なのだが。
本書を読んで私のこうした性質が「妄想に基づく」ものであることが明らかとなった。「感情と思考とを分ける」ことを常々意識して、感情と思考を分別する修行に勤(いそ)しむことを決意した。
最後に大和(だいわ)出版のネーミングセンスの悪さを指摘しておく。人々の口の端(は)に上がるようなタイトルではない。


